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その日の放課後、僕は一人で生徒会室へやってきた。
何度も瑛士を誘おうかと思ったけど”来てみたはいいけどやっぱり無理!”なんてことになったら格好悪い。
何より、期待させておいてがっかりさせるようなことになってしまったら、と思うと部活勧誘のポスターを見に行ったことすら話せなかった。
結果、例のごとくバスケ部の見学へと誘ってくる瑛士に「今日の夕飯は準備が大変なんだ」と言い訳にもならないことを言って逃げてきてしまった。
日を空けてしまったら、何かしらの理由をつけて行くのを止めてしまいそうな気がしたので、勢いのまま生徒会室まで来たところまではよかった。
明かり取りの窓から光が漏れているので、中に誰かいるのは間違いないだろう。
問題は誰がいるか、だよなぁ――。
副会長…一瀬先輩じゃなかったら?
誰だ? 何をしに来た? 何の用だ? と普通なら訊かれるだろう。
答えられずに逃げ出す未来しか想像できないので、それではピンポンダッシュならぬトントンダッシュになってしまう。
――帰りたい。
ドアの前を右往左往し、ノックをしようと腕を上下するという一連の動作をもう何度も繰り返している。
今日はやめて帰ろうかな…。
振り絞った勇気が消えかけてきた頃、明かり取りの窓に人影が映った。
ガラッ
「なーにしてるの~?」
目の前のドアが開き、中から一瀬先輩がひょこっと顔を覗かせた。
今朝といい、今といい、この人は僕が諦めるギリギリのところで声をかけてくる。
「あれっ? ゆずくんだ~」
ドアの前でウロウロしている人影に気付いて出てきてくれたようだけど、それが誰かまでは分かっていなかったみたいだ。
「なんだ~。 もっと早く開けてあげればよかったね~。 遠慮してないで入っておいで~」
アレコレ思案してた分、一瀬先輩のぽややんとしたしゃべり方に思わず脱力してしまいそうだ。
笑顔で迎えてくれる一瀬先輩に一礼し、中へと足を踏み入れた。
中に入ると、そこは普通の教室の半分ほどの大きさの部屋だった。
入って右手には職員室で見かける教師用のデスクが5つ置いてあり、それぞれに書類が山積みになっている。
上座にあたる席とその左隣の席にはパソコンが設置されている。
壁際にはホワイトボードもあるので、ここで事務処理や会議なんかをするんだろう。
反対側に目をやると、パーテーションで区切られた先に黒い革製のソファーがローテーブルを挟んで向かい合わせに置いてある。
校長室によくあるあれが、いかにも応接室といった雰囲気を醸し出している。
普通と違うのは壁際に小さな流し、IHのコンロ、冷蔵庫がセットになったミニキッチンまであること位か。
「生徒会室へようこそ~♪ 何もないし、散らかってるけどゆっくりしていってね~」
好きなところに座っていいよ~、と言われたので黒いソファーの端にそっと座った。
革のソファーは思ったより固く、触ると少しひやっとしていた。
「もう少ししたら、かいちょーもくるからね~。 びっくりしないように準備しておいてね~」
生徒会長か――。
入学式とその後の全校集会で挨拶していた記憶はかすかにあるけど、例によって全く覚えてない。
確かに瑛士の言うとおり、自分の学校なのに興味が無さすぎたかもしれない。
次はもう少しちゃんと話を聞くようにしよう。
「お茶でも入れようか~。 えーっと、確か~この辺に~…あ、あったあった♪」
備え付けの棚から茶筒らしきものを取り出しているところをみると、インスタントではなく本格的な茶葉が用意されてるようだ。
そういえば、料理は壊滅的にダメだって言ってたけど、お茶はさすがに淹れられるのだろうか。
「あれ? お茶ってどうやって入れるんだっけ…。 水入れてレンジでチンかな~?」
――何か斬新な淹れ方をあみだそうとしてる?
「葉っぱはどのくらいかな…半分じゃ少ないかな~?」
お茶を入れるのも壊滅的なの、決定。
半分位までたっぷりとお茶の葉を入れたマグカップに、水道水を直接入れようとしているのを見てさすがに見かねて立ち上がる。
後ろからブレザーの裾を引っ張っると、びっくりした表情で振り向かれた。
「――僕…淹れ、ます」
びっくりした顔からさらに少し目を見開いたあと、「じゃあ、お願いしよっかな~」と開いた目を細めて、茶筒とマグカップを渡された。
幸いなことに、水を入れる前だったようでお茶の葉は無事だった。
IHのコンロにヤカンをかけ、お湯が沸くのを待つまでの間に急須と湯飲みを用意してもらう。
茶筒から出してしまった茶葉を戻すわけにもいかず、そっと香りを確かめる。
――あ、いい香り。
「それねぇ~、あっきーが教頭先生にもらったんだよ~。 修学旅行で京都に行った時のお土産らしいんだけど、老舗のお茶屋さんのだからきっと美味しいよ~」
「――あっきー?」
「そうそう~。 あっきーはかいちょーだよ~。 水嶋亮(みずしま あきら)だから、あっきー♪」
その、あっきー会長が何で教頭先生にお茶をもらうんだろうか。
普通、教師が一生徒にお土産なんか買ってこないような。
生徒会長だからかな?
「あっきーはねぇ~、教頭先生のお気に入りなんだよねぇ~。 ふふっ」
悪戯っぽい笑顔で楽しそうにしているが、今の話のどこに笑うポイントがあったのか僕にはわからない。
とりあえず、お湯も沸きそうだしお茶でも淹れようかと立ち上がった時、ガラっと入口の方から音がした。
「いっちー、予算編成書のここの金額が…っと、失礼。 お客さんですか?」
そこには、口調と呼び名に似つかわしくない雰囲気を醸し出した男の人が立っていた。
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