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 ――月曜日。  週末を挟んだというのに、例の“事件”で話題は持ちきりだった。  あの後、根掘り葉掘り聞かれることを想定し、びくびくしながら教室に戻った僕に声をかけてきたのは瑛士だけだった。  ただ、何も変わらなかったのかというとそうではなく。  やたらと視線は感じるし、今も廊下には人だかりができている。 「ずっと見られてて居心地悪い…」 「そりゃあ、あの副会長様のお気に入りだもんなぁ。 ククッ」 「笑いごとじゃないんだけど…。 だいたい“あの”ってなんだよ」  ただの生徒会の副会長、というわけではなさそうな言い方。  そういえばプリンス二世とか言われてたな。 「お前、ほんと何も知らねえよな」 「興味なかったし…」 「ふぅん? 今は興味あるんだ?」 「なっ!! 違うっ! 知らない人だったから興味なかったのっ! 今はちょっと関わりあるから気になるっていうか…」  絶賛ニヤニヤ中の瑛士が、からかう気満々の顔で聞いてくる。  ホント、いい性格してる。 「へえ? まぁ、いいけどさ。 あの人、プリンス二世って結構有名だぞ」  長身でスタイルもよく、スポーツ万能で成績優秀。  常にニコニコと愛想もよく、王子様のような振る舞いに虜にされた女生徒が続出。  どこかの物語の王子様より麗しい、と魅力された誰かが言い出したのが始まりらしい。 「二世っていうのは?」 「前にもいたんじゃね?」 「ふうん…」  確かに、瑛士ほどではなかったにしろ背は高かった。  はっきりとは覚えてないけど、言われてみれば整った顔をしていたような気がしないでもない。 「プリンス様に気に入られたプリンセス柚ちゃんは、放課後お城で舞踏会か?」 「バカ瑛士…。 朝から見られ過ぎて嫌になってきた…」 「ニッコリ笑って手でも振ってやれば?」  瑛士は完全に傍観を決め込んでいて、助けてくれる気はないらしい。  むしろ、僕の隅っこでひっそり生きてく計画が予期せぬ方向から崩されたことを喜んでいるようで、ニヤニヤ笑いっぱなしだ。 「あーもー…憂鬱。 先輩とどんな顔して会ったらいいかもわからないし…」 「顔なんか半分も隠れてるじゃねえか」  そうだけどさ。 「この間は話せたんだろ?」 「話せたっていうか…」  気付いたら感情のままに喋っていた。  ずっと、そうならないようにしてきたのに。  学校で先生に話しかけられた時も、スーパーで買い物してる時も、できるだけ人に関わらないようにしてきた。  なるべく下を向いて。  できるだけ短い言葉で。  少しでも早く終わらせて。  僕の存在が印象に残らないように。  そうしないとまた――… 「柚、余計なこと考えるな」  ハッと、現実に引き戻される。  いつの間にかニヤニヤ顔の瑛士は居なくなっていて、真剣な顔で過去から呼び戻された。 「何の、こと?」 「柚琉」  呼び方一つで僕の思考は遮られ、瑛士の言葉に塗り替えられる。  大丈夫だから、と続けられたその言葉に根拠がないことは分かっているのに、本当のような気がしてくるのは長年の刷り込みの成果か。  それでも、素直に聞き入れるのには若干の抵抗を感じて冗談混じりに聞き返してみる。 「――大丈夫じゃなかったら?」 「その時考える」 「無責任…」 「冗談だ。 責任とって嫁にもらってやるよ」 「それこそ冗談でしょう」 「柚ちゃんがお嫁に来てくれるなら、毎日美味い飯が食えるな」  どっちに転んでもおいしい、とまたニヤニヤ顔を復活させた瑛士は完全に僕をからかうモードに切り替わっている。 「三食昼寝とおやつ付き、旦那の小遣いは月二万だからねっ」  言いながら、ガタンっと席を立つ。  こうなったらさっさと退散するに限る。 「二万は少ないだろ。 …行くのか?」 「行く」 「部活終わったら待っててやるよ」 「――うん」  俺様瑛士のちょっと優しい台詞に見送られて教室をあとにした。  目指すのは、管理棟3階にある生徒会室。  お城で舞踏会どころか今から決闘に向かう気分だ。

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