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第1話

固く閉ざされた鉄のドアを叩いて叫ぶ。 「すみません! 誰かいませんか!?」 けれども叩いた音の反響が、空しく聞こえてくるだけだった。 「……こっちもダメですね。非常ボタン、まったく反応なし」 後輩のアラタが、操作パネルの前から硬い声で告げてくる。 ここは湾岸の物流倉庫にある、業務用エレベーターの中だ。 僕たちは正月前、最後の勤務を終え、タイムカードを押して帰るところだった。 「停電……でもなさそうですね、ここの明かりはついてるし」 背の高いアラタが、顎を持ち上げ上を見上げる。 「それなのにエレベーターが停まっちゃうって……」 「何かしらのトラブルだろうね、僕にもよくわからないけど……」 何の参考にもならないだろう僕の答えに、アラタは肩をすくめて同意を示した。 冷えた沈黙が、鉄の箱に満ちる。 「これからどうする予定だったの?」 僕が聞くと、わずかに首を傾げながらアラタが答える。 「いや、予定とかはないっすけど。強いて挙げるなら、先輩にメシでも奢ってもらおうかなってたくらんでたくらいで」 「先輩って、僕のこと?」 「他にいないじゃないですか、俺たちしか残ってなかったし!」 そうだった、最後に事務所を出たのはアラタと僕で。 社員たちは僕たちバイトに戸締まりを任せ、忘年会に行ってしまったのだ。 ちなみに僕はこの物流倉庫でバイトを始めて2年目の、大学3年生。 アラタは4月に入ってきた同じ大学の1年後輩だ。 つまりアラタとは、学校でもバイト先でも先輩後輩の間柄になる。 バンドをやっているとかで金髪ツンツンヘアーのアラタと、地味な学生の僕とではいかにも属性が違って見えるけど、こいつは持ち前の人懐っこさで僕に懐いてくれていた。 「腹減ったなー……。けど次の食事は年明けまでお預け?」 アラタがつぶやくように言う。 「年明けって……えーと、4日からの営業だから丸々5日間あるよ!?」 「……ですね」 「ですね、って……」 しかし社員の誰かが戻ってこないことには、きっと年明けまで誰もこのエレベーターの異変に気づかない。 そして若い僕たちでも、5日間の絶食状態を乗り切れるかと言えばそれは危ない気がした。 「あっ! 電話は……」 慌ててスマホを取り出して見るものの、閉ざされた鉄の箱の中に電波は届いていない。 「こっちもダメです」 アラタのスマホの画面にも、圏外の表示が出ていた。 「参ったな……」 「やった、先輩と2人で正月休み!」 この絶望的な状況に、こいつはおどけた様子で言ってくる。 「場所はエレベーターの中固定で、どこへも行けないけど」 「2人ならまあまあ楽しめますよ」 「だとしても、5日間はつらすぎる……。そうだアラタ、そっち持って!」 2人分の腕力で、ドアをこじ開けてみようとした。 けれども鉄のドアはびくともしない。 「……ダメっすね」 アラタがため息をつく。 「やっぱり誰かが気づいてくれるのを、待つしかないか……」 そうなると体力を消耗しても仕方ない。 僕はエレベーターの床に座り込む。 アラタも僕に倣って座ったかと思ったら、ぴったりと体の側面をくっつけてきた。 その近すぎる距離にちょっと驚いたけれど、こいつも不安なのかもしれない。 「ごめん。僕が先輩なのに、何もできなくて……」 「なんで? 先輩のせいじゃないっすよ!」 「でも……」 明るく言ってくれるアラタに対して、何もできない自分が余計に申し訳なくなる。 そんな僕の顔を横から覗き込み、アラタが小さく笑って言ってきた。 「むしろ俺は、この状況をおいしいと思ってるのに」 「おいしいって……」 意味が分からずに、微笑むこいつの顔を見つめる。 「正月休み中先輩を独り占めできるなんて、最高じゃないっすか」 「僕なんか独り占めしても仕方ないでしょ」 言い返しながら、妙な予感に胸の中がソワソワしてきた。 ものすごく近くにあるアラタの顔は、こんな状況なのに上気している。 「先輩……1年も一緒にいて、まさか気づいてないんですか? 俺、めちゃめちゃアピールしてんのに」 「あー……今、気づいたかも……」 恥ずかしくなって、近すぎる顔を横へ背ける。 「先輩、好きです」 「……そっか……」 「死ぬ前に告白できてよかった」 「死ぬとか言うなよ……」 困惑のため息をつき、僕はもう一度アラタの顔を見た。 するとその顔が、さらに距離を詰めてくる。 「キス、してもいいですか?」 「待って、展開早すぎない!?」 反射的に逃げようとするけれど、ここは狭いエレベーターの中だ。 僕は床の上で10センチほど尻を滑らせただけで、角に追い詰められてしまった。 「ははっ、先輩、顔真っ赤だ」 「そういうアラタの方が……」 「この状況で興奮するなっていう方が無理でしょ」 確かにアラタの興奮は、こっちにもひしひしと伝わってくる。 この感じはなんだろ? 胸に広がる甘酸っぱさに戸惑う。 「先輩は、俺のこと好きじゃないんですか?」 聞きながら、アラタが僕の唇に指先を触れてきた。 間近に見つめてくる少し色素の薄い瞳が、とてもきれいだった。 「嫌いじゃないと思う、けど、そういう意味で好きかどうかは……」 NOと言えない時点で、僕がこいつに落ちてしまうことは確定していたのかもしれない。 それから非常装置が起動してエレベーターのドアが開いたのは、 僕らがキスした後のことだった――。 <終わり>

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