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 葛岡広務(くずおかひろむ)には自分の人生において大切にしたいことが三つある。  まずひとつめ、それなりにやりがいのある仕事。  もうひとつ、後腐れのないセックスパートナー。  そして最後のひとつは、自分のためだけに過ごすプライベートな時間だ。  友人達はひとり、またひとりと結婚し、新たな家庭を作っていく。しかし広務は一生ひとりでいると決めていた。自由気ままな独身生活を愛しているからだ。  金曜の夜は決まって行きつけのバーに顔を出す。  そのバーには眉目秀麗なオーナーがいる。男なのに女性のような言葉づかいをするそのオーナーは、バーの他にニューハーフクラブやショーパブ、女装サロンなど幾店舗も経営している青年実業家だ。  シェイカーを振れないオーナーにかわり、店には各種イケメンのバーテンダーが数名いるのだが、その中でも「深山(みやま)くん」と呼ばれる黒髪の若いバーテンダーが広務のお気に入りだ。基本無表情な彼がたまに見せる笑顔にキュンキュンと胸がときめく。  今夜も深山を目の保養にと、仕事帰りの広務はカウンター席の端っこに腰を下ろした。 「深山くん、なんか作って?」  黒い前髪のすき間から切れ長の目がこちらに向けられる。黙っていると深山は大学生くらい若く見える。  若いっていいな、と五歳ほど年下の深山を眩しく思う。次の誕生日、広務はついに三十代に仲間入りしてしまうのだ。 「どうぞ……」  すっと音もなく置かれたカクテルグラスには、きれいな薄緑のカクテルが注がれており、中央に桜の花が咲いていた。 「吉野です。入っているのは桜の塩漬けです」 「へえ……、きれい」  初めて見る春を感じさせるカクテルにうっとりする。広務は女の子が好きそうなカクテルが好きだ。綺麗なもの、可愛いものが大好きだ。

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