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淘汰-touta-5

「樹矢。幸せそうね」  母さんは幸せじゃない表情をして言う。羨ましいと思っているのか、俺が産まれる前からずっと幸せを望んでいるんだろうか。 「幸せだよ。朱斗さんと出会ってからは確実に俺は幸せな日常を過ごしてる」  ずっと握る手に俺は力が入る。 「私は、樹矢くんに幸せにしてもらってます」  付き合っているとは決して言わない。報告しても俺達の関係を否定はしないだろうが、敢えて言葉にして言わなくても良いと思った。 「ごめんね。樹矢」  また、目を逸らされる。 「謝るなんて今更だろ」 「そう、ね。樹矢、私はもう居ない者として生きて。何もしてあげてないのにそれも今更なんて思うだろうけども」  逸した目を瞑り、身体を震わせて言葉にする。  その姿に俺は沸々と込上げてくるものがあった。が、精神が壊れてる母さんにぶつける事は出来ない。割れた硝子を壊しても、粉々に粉砕してしまうだけで修復する事は出来ないんだ。そんな当たり前の事を俺は出来ないし面倒も見れない。 「小さい頃はさ、俺は母さんと父さんにとって本当に居ない存在だと思ってた。あんな扱いされたら、誰でもそう思う。俺が大きくなって、家を空ける事が増えた時、今度は俺が二人を居ない存在として生きた。居ても居なくても同じになったから。」 「けどさ……」  言葉が途切れた時に母さんは、歪めた顔を上げる。   「消そうとしても消えないんだよ。俺がこうして生きて大切にしたい人と出会って幸せに過ごすんだと思えたのは産んでくれた母さんが居て、出会ってくれた父さんが居るからなんだよ」  幾度も存在を淘汰した。そうすると同時に居たと肯定していた。  母さんの目からは涙が溢れる。これまで数え切れない程流したんだろう。目元が腫れていない母さんを俺は見た事が無かった。 「俺の気が向いたら……また会いに来るよ。母さん。だから、元気に治療して。な?」  屈んで母さんの目線に合わせる。冷たく細い手を包んで、優しく撫でて俺は背を向けた。 「朱ちゃん。行こ」  朱ちゃんの腕を引いて、前へ進む。  颯に向かって、「ごめん。後はお願い」とだけ言い残せば片手を上げて返す。  今度は俺が、病室の扉を開けて廊下に出ると立ち止まる暇なく駐車場へ向かって歩き出した。朱ちゃんは何も言わず、俺に合わせて少し早足で歩いてくれる。 「すぅー……ふぅ……。」  車に乗り、深く深呼吸をする。 「大丈夫?樹矢」  一番に朱ちゃんは俺をやっぱり一番に考えてくれる。最優先に。  それを動かすのは愛情だ……。 「うん、大丈夫だよ。朱ちゃん……ありがとう」

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