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写像-shyazou-2

 椅子の背を樹矢の右隣りにして、背中をカメラに向けて貰いシャッターを切る。ぱっと見細い線の樹矢だけど、大きなその背中には黒のコーデイュロイジャケットに赤い筆記体の英文字で言葉が刺繍されている。 「ちょっと振り返ってみて。そう。腕とか伸ばして丈感見せて」  要望を無言で受け入れてポーズを変えていく。 「朱斗さん。色違いも着ていいですか?」 「もちろん」  すぐに樹矢はジャケットを脱いで受け取ったアシスタントの子が色違いのグレイのジャケットを着せる。背中には黒の英文字。  正面から、背面。座ったパターンと一通りを録り終える。 「よし、確認してみて」 「はーい」  朝早くから始まったこの撮影は、お昼休憩中も打ち合わせを繰り返して、それぞれの物撮りも全て終わったのは日付が変わる手前だった。 「よし!お疲れ様でーす!」  朝から何度も髪型やメイクを変えた樹矢も慣れているといえど考える事も多かったから、お疲れだろう。長い腕を頭上に伸ばして、やりきった表情で笑う。 「朱斗さんにカメラマンしてもらってやっぱり正解でした。良い物が撮れてますます自分のブランドが好きになっちゃった!」 「良かった。俺もこんな機会あんまり無いし新しい試みも出来て楽しかったよ。次までにレタッチしたの持ってくるから」 「ありがとうございます!」  笑うその顔にドキッとしたのは、好きな人だから……?いや、人の心を動かす力がこいつの笑顔にあるんだ。って事にしとく。 「瀬羅くん。車出すので着替えて待って下さい」  彼のマネージャーである成田さんが声を掛けて、スタジオを去っていく。  その背中が消えてすぐ、樹矢は俺の耳元に少し腰を落して顔を近づけ囁いた。 「先帰って待ってる。気をつけて帰ってきてね」  優しく、本当に優しく心の器に優しさと言うお湯を注ぐように言った、樹矢の言葉に今日の疲れなんて何処かへ行ってしまった。  ここまで夜遅い時間に終わると流石に何時もみたく、一緒に外食は出来ない上に周りから怪しまれそうで避けている。樹矢自身は気にしないらしいが、俺は樹矢の立場を気にしてしまう。  もっと一緒に過ごしたいからこそ、自分達から掛けるストッパーは必要なんだ。  機材の片付けをして、資料が広がる机の上を整理していたらある文字が目に止まった。 『vermilion(仮)』 (ヴァーミリオン……?)  携帯をポケットから取り出して直ぐに打ち込む。出てきた日本語訳を読んで、俺はスタッフへの挨拶を早々に済ませてスタジオを飛び出した。  頭の中は何時でも樹矢で一杯だ。きっと、彼は俺以上に一杯なのかもしれない。その理由は……。 「っ……樹矢!」  家の玄関を開けてリビングに向かって声を張る。ソファからひょっこりと顔を見せて、口元がニンマリする樹矢の元へズカズカと俺は近づいた。  すぐに見下げる目線になり、「おかえり。朱ちゃん」とおいでと言わんばかりに手を広げてお気楽に俺を見る。  なかなか近づかない上に、睨みを効かせた目に樹矢は首を傾げる。 「……朱ちゃ……んっ……!?」  次に樹矢が口を開けた瞬間、俺は見下げた樹矢に跨って口を塞いだ。自身の口で。 「っ……。し、朱ちゃん?」 「いいから、黙れよ」  続けてキスを降らす。  あんたに素直になんてなってやんない。  意味を知ってしまったから。 【vermilion】  朱色。  その、天然色素はとても貴重で高価とされている。 (このバカ……。ありがとう)  愛情を込めて、俺は樹矢をその後求めた。 ――― ―― ― 「朱ちゃんったら、積極的だったねー♪」 「っ……ん、んなことねぇ!」 「えー?可愛くて好きだよ」

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