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恋慕-renbo-2

 髪を洗い終えて、タオルドライする。しっとりと鈍い艶からサラサラで光沢を持たせる髪へ変えるのが私の役目。 「さて、切っていきますね」  肩にかけている重量のあるシザーケースから、ハサミと櫛を取り出し、早速カットを始める。  頭の形、髪の毛の流れ方、伸びのクセ、毛髪の細さを切りながら触り確かめていく。少しずつ長さを整えてハサミを入れる度に、白い床にハラハラと黒い毛が落ちていく。  ハサミを持つ左手にも毛は乗り、少しこそばゆい。 「杠葉さんはどんな雑誌に出てるんですか?私、この仕事してながらモデルとかに疎くって」 「んー……。ティーン向けの雑誌に最近はよく出てます」 「若い子可愛らしいですもんね!私はもうアラサーだから羨ましいわねぇ」 「え……」  彼の言葉が急に詰まる。 (何か地雷になる事でも言ったかしら。お客様なのにまずいわ……)  手を止めて、早急に謝ろうと鏡を見る。  そこに見えたのは彼の表情は嫌悪でも不快でも無い、ただ私を見ての驚く顔だった。 「……僕も……一応アラサーなんですけど」  目を丸くして言うその言葉に、ほんの数秒沈黙になり私は思わず吹き出してしまう。 「……っ、ふふっ!なぁに!その顔!笑っちゃうわ。杠葉さんアラサーなの?見た目が若すぎてこっちが驚きよ」 「いや、中瀬さんこそ、アラサー男性にしては肌ツヤも見た目も綺麗すぎて全然見えないって!」  私の笑いにつられたのか、彼は売りの笑顔をこの時初めて見せた。初対面の客と店員の緊張なんて無かった様に解けて、そこからはタメ口で話すように、雰囲気も明るく和やかになった。 「はい。最高のつぐちゃん完成よ」  大きめの二面バックミラーを持ってきて広げ、後ろとサイドも仕上がりを確認してもらう。来店した時よりも、天使の輪が綺麗に出来て流れる髪の長さも揃い、サービスで眉毛カットもして満足の仕上がりになった。 「ありがとう。しおさん」  ニッコリと笑うその顔は、私のなかなか動く事の無かった感情がトクンと跳ねた。すぐに何なのかは気づく。 「いいえ。また何時でも来て頂戴。つぐちゃんに会えて、今日は楽しすぎたわ」  気づいてしまった心にカチャリと南京錠を占めて閉ざす。  また、鍵を持ってきてくれたときに開けよう。自分からは何もしてはいけない。無理にこじ開けると壊れてしまうんだから。 「僕も楽しかった。また来るよ」 「ありがとうございました」  その会話を最後に店先で見送ってから、数カ月経った今。    私はつぐちゃんに会えていない。  鍵は掛かったままだった。

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