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ミノムシ
むかーし昔のあるところにもΩは存在した。
今も昔もΩの身分はとても低かった。
αは貴族など身分の高いもので、平民にはβが多かった。
Ωの少年は成人する前に母親に見捨てられた。
「秋風に吹く頃には戻ってきます。それまで待っていなさい。」と言われ信じていた。
彼は貧弱な体で、成長しても子供のような体格と筋力しか持たなかった。
そのため彼は家から遠く離れる手段を持たなかった。
母を探すことも村から出ることもできなかった。
数度秋を迎えても親が戻ることはなかった。
何度も一人で秋を超え冬を生き抜いて、もう何度目の秋だっただろうか。初めてのヒートが訪れた。
秋の涼しい長い夜、虫の鳴く声を聴きながら体に起こった異変にただ戸惑った。誰もこれがなんなのか教えてくれる人もいなかった。不安と不調から家の窓や扉を閉めきって硬い布団にこもりただ耐えるだけだった。
フェロモンは村まで広まりβ供は少年の家を覗き見しに行った。βは自制が効く上に、Ωと関わると家が大変な事になるのをわかっていたから手は出さなかった。β供は隙間から発情に耐える少年を覗くだけだった。仕事が終わり日がくれる時間になれば寄ってたかって少年の家を覗き見た。少年の細い四肢が発情に耐え、もがく様子や熱を帯びた吐息と大きく呼吸をする様子はとても扇情的でβ性の女性を超えるものだった
。フェロモンに当てられたβは我も我もとただ覗きをした。
両者は触れることもなく、ただ悶々とするだけだった。布団の中で熱を逃がそうと自分で自分を慰める少年。決して布団の中は見えないが声やフェロモンの濃さで少年が自慰しているのは明らかだった。村のβ供は家に戻ると覗き見た光景を思い出し、精を無駄に吐き出すのだった。
少年も自分の発情に合わせて覗き見るものが増える事に薄々気付いていた。しかしだれも触れる事も、完全に理性を飛ばして強引にすることもなかったので少年はただ体が疼く程度にしか捉えていなかった。
誰もΩの発情について教える者などいなかった。
Ωのフェロモンはαにとって強烈な者で、中には発情で正しい判断ができなくなるものまでいるのであった。
とある秋、何度目かのヒートを迎えた少年はいつものように耐えていた。
遠い都の貴族が何かの用事で通りがかったのだろうか、少年の村を訪れた。
月の明るい夜だった。虫の鳴く少し寒い夜。
戸を叩く音がする。発情期に手を出す者などいなかったので不思議に思って布団から這い出ると
「私は自由な口を持たない身分のものです。
この扉を開けてください。」
身分社会の最底辺のものにこの文句は分からなかったが、何度も切迫した様子で扉を叩かれてはかわいそうに思い迎え入れてしまう。
「私はあなたの香りに惹かれ惑わされやってきた性のものです。どうか許してください」
顔の見えない男に組み敷かれる。初めて触れられ体がおかしくなりそうだった。いつになく激しく発情し、濃いフェロモンを纏う。一人寂しい長い夜ではない、互いにドロドロに混ざるような夜。見知らぬ男を受け入れ、体を開いたのは本能だろうか。
「わたしには口がありません。好きに物を言うことが許されないのです。わたしの本心を口にすることはかないません。どうか首につけた型で気づいてください。それがわたしの本心です。」
脳内麻薬が大量に出ているような正気でない意識では気づけなかった。確かに首を噛まれている。そっと歯型に手を当て愛おしいそうに撫でるとそのまま寝入ってしまった。
日が開ける前に男は出て行き、結局彼が誰なのかは分からなかった。
首に触れてみると夜を経ても消えない傷が残っていた。それが何を意味するか十分な知識のない彼には分からなかった。男は孕まぬ性、ただ苦しい発情が終わっただけだと思っていた。
数ヶ月もすると少年の貧相な体に不釣り合いなくらい腹が大きくなっていた。
少年に発情がなくなりフェロモンが出なくなったのを不思議に思った村の人々は少年の家を訪れ、説明した。
少年は孕む性で、首に歯型が残っていると言うことはその夜つがいになったのだ。
Ωとαは惹かれ合う激しく性だ。
そこまでは生物としての話で、人間社会ではそう上手く惹かれあってはならぬのだと。
貴族がΩ平民に手を出すことは罪で、彼はいま遠くへ連れられている。
腹の子には罪はない。彼が戻らないなら僕が育てないといけない。 彼は無事出産したものの、子供に食べさせようと身を削っていたため長くは生きられなかった。
子供たちが一人で生きていけるようになるまではなんとか生きていたものの、子供が食い盛りになればますます自分の食べる分はなくなりいよいよ死を覚悟した。
「秋風が吹くまでにはには戻ってきます。どうかそれまで無事でいておくれ」
青々と葉のしげる、7月の終わりだった。
一生を過ごした家を離れ、最後の力を絞り身を投げた。
秋風が季節を知らせると、ついに親が戻らなかったと思い、残された子は虫と共に父よ父よとなくのであった。
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