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ラストファイル2:初夢

***  気がついたら、パイプ椅子に座ってる自分。訝しく思いながら、周りを見渡してみた。どこかの学校の体育館――目の前の壇上に見覚えのある校章が、颯爽と掲げられている。 「ここって、翼が通ってた高校の体育館じゃないか」  小首を傾げてもう一度、ぐるっと前後左右の状況を確認してみる。広い体育館中央で、パイプ椅子に座る俺。前方には絶対入るなよと言わんばかりに、警察が使うバリケードテープ(刑事ドラマでよく出てくる『KEEP OUT』と書かれたテープ)が、これでもかと張り巡らされ、その先には大きなスクリーンがあった。 「後ろには何もない、か。この状況って、これから何かが、映し出されるってことだよね」  ――これは夢の中――  そう認識できるのは、普段から変な夢を見るせい。特に大きな事件前になると、決まってこういうワケの分からない夢を見る。そして…… 「山上先輩の声が、聞こえてきたりするんだよなぁ。翼と付き合ってからは、ほとんど見なくなっていたのに、これは大事件が起こる前触れなのかも」  頭を抱えて、うーんと唸ったとき、聞き覚えのある声が体育館内にこだました。 『お前だけに伝えたい、唄があるんだ。伝わるであろうか、私の気持ちが――』  声が止んだ瞬間、電気が消され、目の前のスクリーンにタイトルらしき文字が、大きく映し出された。  ―愛の唄― 水野親王と翼の君の巻 「えっと……もしかしてさっきの声、俺のだったりする? 水野親王って一体――」  日頃から、妄想することに関して長けていると自負しているけれど、夢の中でこんなふうに展開させるって、俺の頭の中はどうなっているんだろう!?  呆れながら画面に映る、水野親王に目をやった。 「ううっ。俺ってば美意識が高いから、登場人物のイケメンレベルが半端ない。その中で一際、逆の意味で目立っちゃってるよぅ。どうして親王なんて地位にいるんだ? マジで似合ってない」  スクリーンの中で展開されていたのは、綺麗な十二単を着た女性や、カラフルな衣をまとったイケメンが、これでもかとたくさん出ていた。  時代は平安・鎌倉時代くらいだろうか。雅な雰囲気の中から、微妙な空気が漂ってくるのを感じた。  これから何か、行われるのだろうか? 『清涼殿で行われる歌会、今回も盛大なものよのぅ』 『いろいろと、楽しませてもらえそうですしね』  含み笑いをしながらコソコソ話す貴族の様子に、いやぁな予感がした。歌会って言ってたよな。もしかしてこの大人数の中で披露するんじゃ――。   『よく集まってくれた。面を上げよ』  よく通る大きな声で言い放った、偉そうな人。この人が来たとき、みんな平伏していたので、帝なんだろうな。  むー、イケメンな帝なんだけど、どうしてだろう。指名手配犯のポスターにしたら、すっごい似合いそうな気がする。漂わせてるオーラが、もう悪そのものって感じなんだよね。顔を上げた貴族の方々が帝と目を合わせないように、忙しなくキョロキョロしてるし、相当あくどいことを、影でしてるんじゃないか!?  帝について、なんちゃってプロファイリングしてると、司会者らしき貴族が立ち上がり、ごほんと咳払いをした。 『お題は『蛍』でした。その中で最も優れたものは、水野宮様のものでございます』  ぎゃあ、俺じゃないかっ! 大丈夫なんだろうか、すっごく不安なんですが。  そんな俺の心配を他所に、ざわめく会場の中で水野親王が立ち上がり、ある一点を見つめてから、ふっと笑った。  ああ、もうそんなところで、変に格好つけなくていいから。膨張色の微妙な黄色の衣が残念ながらその丸顔を、これでもかと引き立たせてるから! (――頼むからさっさと詠み上げて、着席してくれ!)  変な緊張で手に汗を握る中、俺のものにしては澄んだ声色で和歌が詠まれる。 『夕されば 蛍よりけに 燃ゆれども 光見ねばや 人のつれなき』 (夕方になると自分の想いは、蛍よりも燃えているのに、光が見えないのか、あの人は素っ気ない)  詠み終えると、また先ほどの場所に目をやり、切なげな顔をして着席した水野親王。サービスしてくれたのか、画面がその場所をクローズアップしてくれた。そこは武士たちが警護する場所で、後ろのほうになんと翼がいるではありませんか! 「つっ、翼ぁ! すっごくすっごく、カッコイイんですけどっ!」  水色の衣を身に纏い、キリリとした面持ちで佇んでる姿は、もう垂涎モノ!  迷うことなく身を乗り出した俺は、見事にバリケードテープに絡まった。その様子はまさに、蜘蛛の巣に引っかかった、情けない虫そのもの状態。 「さすが俺。こうなることを予期して、バリケードテープを張り巡らせるなんて、まるで出来る警察官みたいじゃないか」  体についたバリケードテープを剥がすのに、えらい時間がかかってしまい、この場面で翼の姿を見たのはたった3秒足らず。他のイケメン貴族の和歌を詠み上げる姿も、見事見逃したのである。  体に絡みついたバリケードテープを、やっとこさ剥がし終え、テープを一まとめにすべく、くるくると丸めていた。  スクリーン上ではどこかのお屋敷が映っていて、カメラワークは緋色の衣を着た、貴族の背中を追っていた。とある部屋の前に立ち止まると、中から艶のある琴の音が聞こえてきて、吸い寄せられるように貴族は、その部屋に入って行く。 『失礼する、また腕を上げたな翼の君』 『これは鷹久(たかひさ)殿、昨夜は遅くまで、琴の練習にお付き合いくださり、誠に有り難うございます』  お互い居ずまいを正し、床に平伏す。  翼の君の再登場に胸が熱くなり、手にしているバリケードテープの塊を、ぎゅっと握りしめてしまった。  ほわわーんとスクリーンを見ていたら、鷹久殿が顔を上げる。 「ん? どこかで見たことのある、顔をしてるんだけど。むー誰だっけ?」  短い前髪に、髪型同様身なりも音が出そうなほど、ピシッと決めていて。やや小さめの瞳は、狙った獲物を逃さない鷹の目のよう。 「鷹の目……ホークアイ――なんてこったい!」  メガネかけてないから、全然気がつかなかったよ。関さんもとい、関監察官さまじゃありませんか! 『翼の君の情熱には舌を巻く。ほんに琴が好きなのだな』 『あ、はい。下手の横好きなのですが……これから宮様に囲碁のご指南でしょうか? それとも楽筝の方で?』 『どちらでもない。翼殿は今様がお好きか?』  端的な関さんの質問に翼の君は嬉しそうに、それは本当に嬉しそうに笑いかけた。  その笑顔、是非とも写メりたい! 『はい。琴同様に今様を聞いていると、心が落ち着きますゆえ』 『実は、今様の歌い手で大層人気のある者がいるらしく、雅楽寮の者が聴きに行ったところ、確かに良かったということでな。翼殿さえよければ、聴きに行かぬか?』 『ご一緒して、よろしいのですか?』 『ああ。では宮様に、お伺いしてみようか』  嬉しそうにわくわくしている翼の君から離れ、部屋の中央に佇み360度周囲を確認する関さん。そして部屋の隅にある御簾に近づいて、腕を組みながらじっと見つめた。  不思議に思って改めて見てみると、着物の裾がチラリズムしていて、誰かがいるのは明らかだった。 「あんな分かりやすいミスをするヤツ、ひとりしかいないよ」  現代でも夢の中でも、張り込みが苦手な俺―― 『そこにお存すは、水野宮政隆親王殿下。ご機嫌麗しゅう』 『え――? そんなところに、いらっしゃったのでございますか?』  驚く翼の君を他所に、への字口をした水野親王が、おずおずと御簾から出てきた。 『どこにいても、私の勝手だろ』  うわぁ顔も悪いけど、態度も口も悪い! そんなんだと、翼の君に嫌われちゃうぞ。  不機嫌丸出しの水野親王を一瞥して、関さんはその場に平伏した。 『宮様にお願いしたきことがござります。実は雅楽寮の頭として、翼の君様を是非、青墓(今様の里)にお誘いしたいのですが、そのお許しをいただきたく、お願い申し上げます』 『青墓? 青墓まで、行かねばならぬのか?』 『はい、青墓によい歌い手がいるとの話で、是非この耳で聴いてみとうなりました。もしそれほどの歌い手であれば、こちらにお招きすることも、考えたく存じますが……いかがでござりましょう?』 『ふ……む』  腕を組んで、じっと考えている水野親王の様子は、んもう行かせたくない感満載。翼の君が、待てをされた子犬のような目で、水野親王を見ているじゃないか。  そこ、翼の君の期待に答えようよ水野親王! という念力をむむむっと、俺は送りまくった。 『なるほど、相分かった。許可しよう。招待出来る、歌い手でだとよいな』  よし! やれば出来るじゃん。 『恐悦至極に存じ奉ります。では翼殿、後ほど打ち合わせを、お願いいたします。雅楽寮に来ていただけると、大変助かります』 『分かりました、では今から――』 『待てっ、翼の君! 話があるんだっ』  嬉しそうに微笑み合うふたりに、割って入るかのような大声で引き止めた水野親王。 『では私は、これにて失礼いたします』  すべてを悟りきったような表情をし、きっちり平伏してから、去って行った関さん。しかも何、あの含み笑い。意味深だなぁ――。  強引にふたりきりにされ、あからさまに不安そうな顔をしている翼の君が、不憫でならない。 『何用で、ござりましょうか?』  思いきって翼の君が訊ねているというのに、水野親王は手にしているヘラを床にゴシゴシと擦りつけ、不機嫌丸出し状態をキープ。自分の姿じゃなかったら、一発ぶん殴ってるところだ。 『宮様、床に傷が付きますゆえ、そのような行為は、いただけないかと……』 『は……?』 『何か考え事をしておられる時に床を擦っているお姿を、幾度も拝見しておりますが、その傷に引っかかり転ばれたら、怪我をしてしまいます』 『忠告有難う、以後気をつける……』  俺はすべてを分かっているんだ! 間違いなく気をつける気がないぞ。なぜならばワザと転んで翼の君に助けられようとする、密着作戦なんだから。現代で何回もやって、1度しか成功してないけどね。 『あのな、翼の君。おまえの率直な意見が聞きたいと思って。ここから先は、身分を忘れてほしい。堅苦しい言葉を使うの、禁止だからな!』 『分かりました、一応努力します』 『あの……昨日の歌会。私の詠んだ歌は、どうであった?』  あれ、どんな歌だったっけ? 夕されば蛍がなんちゃらかんちゃら、だったよな。夕方になると自分の想いは、蛍よりもめちゃ燃えまくってるのに、その光が全然見えないのか、あの人はマジで素っ気ない。  とか何とか意味だけ、必死で覚えたのだ。 『そうですね……宮様のお気持ちが、痛いほど伝わってきました。お相手の姫君は、どのようなお方なのだろうと、周りが噂しておりました』 『周りの噂なんか、どうだっていいっ。私の気持ち、分かってくれた?』  苛立ちながら聞いている水野親王の姿に慄きつつ、翼の君は右斜め上を見ながら、やっと答える。 『はあ、まあ。熱いお気持ちに対して、お相手の方の反応がないのは、とても淋しいですよね』  水野親王と俺は、揃って言葉を失った。  私の気持ち、分かってくれた? と告白に近い状態の言葉を言ってるのにも関わらず、その返事はあんまりだろう! まるで出逢った頃の翼みたい。いや、それ以上かも……素っ気なさがそっくりだよ。 『もうよい、分かったから……』 『ではこれにて、失礼いたします』  への字口をしてる水野親王の顔をチラッと見てから平伏し、部屋を出て行った翼の君。そして小走りで廊下を走って、書庫らしき部屋に入り込んだ。 『宮様……自分の気持ちを隠しながら、思ったことを言わなくてはならないのは、大変なことなのですよ』  胸を押さえ崩れ落ちるように、その場にしゃがみこむ姿が、痛々しくてならなかった。 「翼の君やっぱり、水野親王のことが好きだったんだ――」  嬉しくて思わず微笑んだ瞬間、苦しそうに呟く言葉が聞こえてくる。 『宮様は、まだ山上の宮様を愛しておいでなのでしょう? 山上の宮様を想って詠んだ和歌を、俺がどうこう言えるわけないじゃないですか……』  え――? 山上の宮様って、山上先輩のこと!?  切なげな翼の君の顔から一転、スクリーンは爪のような形の三日月を映していた。その月明かりに照らされた綺麗な造りの庭を、ゆっくりと歩く翼の君。先ほどと同じような、切ない顔をしている。  翼の君が門のそばに、差し掛かったときだった。 『やっぱり駄目か――』  聞き覚えのあるハスキーボイスに、胸の奥がきゅっと絞られる。 『どなたか、おいでなのですか?』 『夜分遅くすまない。山上達哉だ、水野の宮に逢いに来た。開けてほしいんだが』 『山上の宮様っ!? 今すぐ、開錠いたします!』  慌てふためきながら、門を開けた翼の君。 『今宵はついているな。昨夜は入れずに、そのまま帰ったからさ。ありがとう翼の君』    そこにはか細い月明かりに照らされた、見目麗しい山上先輩が佇んでいた。長い髪を風になびかせて、涼しげな一重瞼を細め、嬉しそうな顔で翼の君を見つめている。  不思議な感じだった。現代では絶対に出逢うことがなかった二人が、夢の中で対峙している。翼の君はどんな気持ちで、山上の宮と向かい合っているのだろう? 『山上の宮様、どうして俺の名をご存知で?』 『水野親王がいつも、翼の君を気にしてるんだ。いつもツンと澄ました顔して、黙々と仕事をしているって。どうしたらあの顔を笑顔に出来るであろうと、目下お悩み中らしいぞ。僕という男がありながら、他の奴を話題にするなんて、本当に無神経だよな』 『え……?』 『僕たち、恋仲なんだ』  突きつけられた言葉に、翼の君は呆然としていた。 『最近ようやっと、口説き落としたんだ。無神経な上に鈍いときたもんだから、本当に苦労したものさ』 『俺はここで、月でも眺めながらお待ちしておりますゆえ、どうぞごゆるりと……』  必死に作り笑いをする翼の君が、不憫で堪らなくなった。 『そうか、悪いな。さっさと済ませられることじゃないから待たせることになるが、いいのか?』 『はい、今宵は何だか寝付けなさそうなので。お気になさらずにどうぞ』  丁寧にお辞儀をして、見送る翼の君。嬉しそうな足取りで、屋敷に入っていく山上の宮。  どうしてだろう? 幽霊でもいいから逢いたいと願った山上先輩に逢えたのに、それよりも翼に感情移入してしまう自分。  スクリーンは寂しそうに、夜空を眺める翼の君を映していた。 『良かったんだよ、これで。遠くからでも宮様の幸せそうなお姿が見られるならば、いいじゃないか……』  泣き出してしまいそうな顔をしている翼の君の姿に、胸がぎゅうっと絞られまくった。あんなに横暴で覗き魔である水野親王の、どこが好きなんだろう?  寂しそうにため息をついている翼の君のところに、再び山上の宮が登場した。 『悪いな、待たせてしまって。眠たいだろう?』 『いいえ、大丈夫です。門までお送りしますね』 『大丈夫って言ってるけど、はっきり言って大丈夫じゃない顔色してるぞ。まるで失恋した時の、姫君みたいな顔してる』  山上の宮、翼の気持ちを絶対に分かって言ってる。この人、こういうイジワルするのが得意だったんだよな。それに、何度泣かされたことか。 『あはは、それは本当酷いですね。きっと寝不足でございます。少し横になればよくなりますゆえ、ご心配なく……』  酷いことを言われてるのにも関わらず、翼の君は必死に自分の気持ちを隠して、穏やかに接する。 『もしこちらに来られる日が分かりましたら、俺宛に文を戴ければ、門を開けておきますよ』  しかも山上の宮にとって、ナイスな提案を告げた。  ――それって、尽くしすぎじゃないのか? 『本当か! それはすごく助かる、あり難い。では十六夜という名で、文を送るよ。毎夜は通わないから安心してくれ。翼の君が寝不足で倒れたら、宮に叱られてしまうからな」 『俺は大丈夫ですが、宮様のお体を考えてあげて戴きたいです。そこまで、頑丈ではございませんので』  心配そうに告げる翼の君に、山上の宮は寝殿の方を見つめ、何かを思い出したのか艶っぽい笑みを浮かべる。 『確かに。実際見た目よりも線が細くて、ひょろひょろしてるからな、僕の宮は。どこぞの姫君よりも色が白いし、表で動くことをしていないだろ。だから途中のよいところで、へばっちゃうんだよな、まったく。今度、鷹狩りにでも連れて行くか』  その言葉に、困ってしまいますね、それは。と苦笑いしながら、両拳を握りしめている姿に、何かを必死に堪えているのが、手に取るように分かった。 『宮様、あまり体をお使いではないので、体力はないのかもしれません。しかし山上の宮様がお誘いすれば、きっと喜んで外出なさると思います』 『しょうがない、引っ張りまわしてやるか。本当にいい家来だな、翼の君は。それじゃあ、文を書くから宜しく頼む』  格好良く言い放つと翼の君の肩を叩いて、颯爽と帰って行った山上の宮。その姿を奥歯を噛み締め、恨めしそうに見つめた翼の君。  そしてきっと現代同様に、山上の宮は亡くなってしまうんだろう。  そう思えたのは、水野親王が翼の君を想っているから。きっと献身的に尽くして、水野親王の心を射止めたんだと俺は推理した。  でも……あの態度の超悪い水野親王と、ツン全開の翼の君がどうやって、想いを重ねていくのか。    自分と翼が付き合うきっかけになったことを思い出しながら、スクリーンを見ると、青墓へという文字が大きく映し出されていた。

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