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第1話

 初めまして!  オレ! レオ! よく分かんないけど、犬って生き物なんだって!  オレがまだ母さんの乳を飲んでたチビだった時にね。  びょーんって跳ねたら、母さんも兄弟たちも、ご主人様も飛び越えて、びょーんってなってさ! すっげぇ楽しくなっちゃって、そしたらもっとびょーーーんってなって、もっともっとって思ったら! 空を飛べたんだぜ!  みんなもすごいすごいって、大興奮で喜んでくれてさぁ!  でも気付いたら、何故だかみんなと寝床で寝てて、オレがいくら話をしても、夢見ただけだって笑われた。  夢って何? オレ、よく分からない。  そんな事より、オレはもう一度空を飛びたいんだ!  すっげぇ気持ちよかったんだぜぇ!  それからオレは、あちこち走り回ってジャンプの練習を繰り返した。まだ小さくて短い手足じゃ、トコトコ歩いて、ぴょんってくらいしか飛べないけど。着地も失敗して、しょっちゅう顔から潰れちゃうけど。  このぴょんが、びょーーーんになれば、空に近付けるって事だろ!? へへっ。  毎日頑張れば、いつかは絶対!  オレの事、みんなはバカだって言ってるけどさ。諦めないって決めたんだ。みんなは忘れちゃってるみたいだけど、オレが空を飛んだ時、すごく喜んでくれたじゃん。もう一度空を飛んでみせたら、みんなも思い出してくれるかなってさ。へへへっ!  でもオレがみんなに空を飛んでみせる前に、何故だか兄弟たちが減っていった。  ご主人様が知らない人間を連れてくると、兄弟の誰かが居なくなるんだ。たまにちっちゃい人間も来て、兄弟を抱きつぶしてた。兄弟がヒャンヒャン鳴いてご主人様に助けられてるのを見て、オレは学んだね。知らない人間、怖ぇ。  オレはいつもジャンプの練習をしてたから、でっかい人間にもちっちゃい人間にも捕まらなくて済んだんだぜ! すごいだろ!  でも何故だか、母さんとご主人様は浮かない顔。  よく分かんないな。  ま、いっか! オレ、最近は結構走れるようになって、着地の失敗も減ったんだ!  褒めて褒めてって、ご主人様の足元でジャンプしてたら、ご主人様は困った顔をしながらも、おっきな手で撫でてくれた。  ガシって頭を掴んで、グリグリってされんの! オレ大好きっ!  オレは嬉しくってまたジャンプをした。  気付いたら沢山いた兄弟たちはいなくなっていて、俺と母さんだけになっていた。  母さんに聞いたら、乳が必要無くなったら独り立ちするもんなんだってさ。みんな新しいご主人様の所で幸せに暮らすんだって。  じゃあオレは?  首を傾げるオレに、母さんはため息をつきながらも、ご主人様が優しい人で良かった、アンタご主人様に感謝しなさいよと、くどくど怒られた。  なんでだろ。  オレ、よく分からない。  とにかく大好きな母さんとご主人様の元で、オレは変わらず伸び伸びと暮らした。  まぁ、あれだ。ジャンプの練習。  オレ、馬鹿だけど。母さんなんか、オレを見てため息ついてばっかだけど。  それでもご主人様は、辛抱強くオレに共同生活のルールを教えてくれた。覚えられるよって、オレの事を、信じてくれているのが分かる。だからオレも、ご主人様の言う事が分かりたいなぁって思ったんだ。  ちょっと大きくなってからは、なんかよく分からない薄くて丸い、良く飛ぶオモチャがお気に入りになった。  ただ走ってジャンプするより、すげぇ楽しいんだぜ!  ぼんやりしか見えない世界の中で、あの薄くて丸いオモチャだけが白く輝いて見えるんだ!  ご主人様がオモチャを飛ばす。  それと同時にオレは走り出して、高くジャンプして咥えるんだ。オレのチャームポイントの長くて黒い被毛が、風になびく。黒は良い色だ。ご主人様とお揃いだからね。  たまにヒネリを加えたり、一回転してみたり、ご主人様が喜んでくれるから、オレ、尻尾を振って、もっともっとって頑張っちゃうよ!  一瞬だけどさ、空を、飛んでる気分になれるんだ。  ご主人様ならきっと、笑わずに聞いてくれる。  空も飛べるって、信じてくれる。  オレのご主人様は、最高だからさ!  だから、大好き大好き大好きって、ご主人様の足元でジャンプしちゃうんだ! へへへっ!  それから、なんだか沢山の人や犬がいる場所でも、ご主人様とオモチャで遊んだ。オレが一等早くて高く飛べるんだぜ! ご主人様が頭を撫でてくれるだけで、オレ、嬉しくってさ! 周りなんて見えなくなっちゃうんだ!  周りがうるさいのも、色んな匂いがするのも気にならなくなって。世界はご主人様とオレだけ。  あ、あと、忘れちゃいけないお気に入りのオモチャ。えっと、なんだっけ? 最近では、フリスビーじゃなくて、ディスクって呼ぶんだってご主人様が言ってた。だからオレは優秀なディスクドッグなんだって。なんかカッコいいよな! よく分かんないけどさ!  真っ直ぐに飛ぶディスクが、ご主人様の手から離れる。オレはそれをびゅーんって走って追いかけて、びょーんってジャンプする。  コツを掴むまではたまに落としちゃったけど、今はもう大丈夫。空中でタイミングを見計らって、口を大きく開けるんだ。  よし! オレ、ナイスキャッチ!  大好きなご主人様の所にディスクを咥えて持っていけば、また飛ばしてくれるから、オレはまたびゅーんって走って戻るんだ。  ずっと、こうしていたい。大好きなご主人様と、オレだけの世界。あ、あと、ディスクね。  オレが成長するにしたがって、次第に母さんは年老いていった。小言が減って、耳が遠くなって、鼻が利かなくなって。母さんはそういうもんだって、静かに言ってた。  オレにはよく分からなかったけど、分かったって頷いた。母さんはそんな俺のことなんてちゃんとお見通しでさ。ご主人様の側で、ご主人様の言う事をよく聞いて、ご主人様を守りなさいって言って。  ある日、動かなくなってしまった。  静かに眠っているみたい。  母さんの最期は、ご主人様が看取ってくれた。  母さんとの別れは寂しかったけど、ご主人様が居てくれるから、オレは一人じゃない。だから大丈夫。ご主人様の事は、オレが守る。だからご主人様も大丈夫だ。  なのにご主人様は、急に、なんだかやらしい匂いを振り撒く雌犬を連れてきて、オレと二人きりにしやがった。なんだ、コイツ。  キツい匂いのお尻を、思わせぶりに擦り寄せてくる。  コイツ、嫌だ。嫌だよ。  オレが側にいたいのはご主人様だけ。  オレが好きなのは、ご主人様だけなんだ。  キュンキュン鳴いて助けを呼べば、オレのご主人様が飛んできてくれた。  酷いぜ! オレ、傷付いた! 悲しい! あんまりだ!  怒りながらも、ご主人様の足の間に顔を突っ込んで、オレは尻尾を丸めたね。  ご主人様がため息を付いていたって知るもんか。  ちくしょう。オレの愛は一方通行だったっていうのか!? いつも可愛いとか好きだとか、甘々の言葉でいっぱい口説いてきたのはご主人様なのにっ! ブラッシングだけど、身体中触りまくってオレを骨抜きにするのはご主人様だけなのに! なんて酷い男だ!  オレはオレの愛を伝える為に、それから定期的にご主人様の足にしがみついて腰を振ってやった。思い知れっ! オレの愛!  なのにそれをすると、また雌犬がやってくるんだ。  違うんだ。オレが腰を振りたくなるのは、ご主人様だけ。好きなんだ。本当に好きなんだよ。  オレ、なんで、犬なんだろう。  オレを撫でてくれるゴツゴツした大きな手。笑うとシワが寄る目尻。オレを呼ぶ低い声。筋肉質な大きな体。匂い。全部好きだよ。  オレはご主人様の口を舐める。ご主人様は笑ってくれる。でもキスだとは思ってもらえないんだ。  オレが、犬だから。  まったく。世の中の理不尽に涙が出るぜ。  今日はご主人様のお仕事がお休みの日。  いつもみたいに、ディスクで遊べる広場へ向かおうと、ご主人様が車に乗せてくれた。車に乗せてくれる日は、オレと一日中遊んでくれる日だ。  嬉しい嬉しい嬉しい! ご主人様大好き! 尻尾どころかお尻まで振って喜ぶオレに、ご主人様は笑って頭をグリグリ撫でてくれた。  いつもの道。その日は珍しく寒くって、早く走りたいなって車の後部座席からワクワクしながら窓の外を見ていた。  いつものカーブで、すごい音がして。オレは車のガラスを突き破って外に放り出された。空と地面がぐるぐるして、アスファルトに叩きつけられて。なんとか立ち上がって振り返ったら、ご主人様の車と知らない車がぐちゃぐちゃになっていた。  そこからは良く覚えていない。  いくら呼んでも、ご主人様はオレの所には来てくれなかった。オレが呼べば、いつも飛んできてくれたのに。いつまで待っても、オレは、一人。  お気に入りのディスクを、誰かがオレに渡してくれたけど、一人じゃ遊べない。匂いだけは残っているのに、ご主人様がいないんだ。  オレは、薄くて丸いディスクに鼻先を擦り付けて、泣いた。  ご主人様を守るのは、オレの使命だったのに。母さんとも、約束したのに。大好きなご主人様。ご主人様、どこ?  知らない人が出してくれたご飯も、喉を通らない。水もいらない。ご主人様の事だけを思って、目を閉じた。 「こら。レオ。お前、こんなに痩せて」  ご主人様がオレを呼ぶ声が聞こえる。重かった体が軽くなった気がして、オレは目を開けた。  ひどく久しぶりに目を開けた気がする。だからかな。えらく周りがキラキラ明るい気がするんだ。眩しい。 「レオ」  オレの名前を呼ぶのは。 「ご主人様?」 「ああ」 「ご主人様だ! ご主人様! ご主人様!」 「分かった分かった。落ち着け。まったくお前はいつまでたっても変わらないな」 「言葉が分かるよ!」 「そうだな」 「ずっとお喋りしたかったんだ! 大好き! ご主人様!」 「まったく。………お前は」  ご主人様は肩を震わせて、俯いてしまった。  ご主人様、泣いてる?  オレはご主人様ともう一度会えて嬉しいのに。ご主人様は、悲しいのかな。そんなの嫌だ。ご主人様には、いつも笑っていて欲しい。  オレは俯くご主人様を覗き込んで、ほほを舐めた。涙はちょっと塩っぱい。  ご主人様が、オレを抱きしめてくれる。オレの肩に顔を埋めて、ぎゅうぎゅう抱きしめてくれた。  オレも抱きしめ返したい。オレだって、ご主人様を抱きしめたい。  オレは、ご主人様を抱きしめる両手が、欲しいんだ。  ご主人様がオレの肩からびくりと顔を上げて、涙の跡の残る顔で、オレを見ている。  オレもびっくりして、自分の両手を見た。 「ご主人様、オレ、手が人間みたい」  毛のない五本指の両手をにぎにぎ確かめてから、自分の顔に触れてみる。ツルツルした顔。顔だけじゃない。下を見れば、ご主人様には負けるけど、細身ながら筋肉の付いた裸の男性の体。 「ねぇ、ご主人様! もしかしてオレ、人間になった!?」  ぴこぴこ動く耳と、ブンブン喜びを表す尻尾はあるものの、被毛のない人間の手足。  オレは嬉しくて、ご主人様にぎゅうぎゅう抱きついた。体の大きさも、ご主人様と一緒くらい。嬉しい嬉しい嬉しい! 「オレ、ずっと、人間になりたかったんだ! ご主人様、大好き!」 「レオ」 「ご主人様! 好き! キスしたいっ!」  顔を勢いよく近付けて、ガチンと歯が当たった。 「あぅっ」 「痛っ! レオ! お前なぁ!」 「ご主人様ぁ。キス、難しい………」  しょぼくれるオレを見て、ご主人様は怒るのをやめてくれた。  柱を噛み壊しても、ソファから綿をほじくり出しても、庭を穴だらけにしても、いつもオレがしょんぼりすると何だかんだで許してくれる。オレのご主人様は優しい。好きだ。 「勢いがあり過ぎるんだよ。キスは、もっとゆっくり、優しくするもんだ」 「こう?」 「うっ。キスしても、良いという訳じゃ」  ご主人様はしどろもどろ何か言っていたけれど、オレはもうご主人様の唇しか見えていない。  ゆっくり近付く。あと少し。ふにっと柔らかい感触がして、唇からご主人様の体温を感じた。  ご主人様はぎゅっと目をつぶって、カチコチになっている。可愛い。ご主人様、シワが増えたなぁ。短い黒髪にも、白髪が混じっている。そうか。人間の目って、こんなに良く見えるんだ。キラキラした色がいっぱい。そんな中でも、ご主人様は一等キラキラしている。  唇を離すとき、名残惜しくて、ついでにペロッと舐めておいた。  ご主人様がびくっと震えて、それから慌てて両手で口を隠してる。何それ、可愛い。ご主人様、可愛い。 「こ、これで、満足したな!? 早く上に行かないと、お前、上に行けなくなるぞ!」 「上?」 「そうだ。一緒に連れてってやんなきゃ、お前、いつまでもうずくまってそうだったからな。迎えにきてやったんだぞ。さぁ、一緒に行こう」 「上に行ったら、続き、出来る?」 「続きって」  ご主人様は言いかけて、チラリとオレの下半身に目線をやった。 「お、お前っ」 「だって。ご主人様、可愛いから。大好き。ご主人様。大好き大好き」  オレは下半身を押しつけながら、ご主人様に覚えたてのキスの雨を降らせる。 「ちょ、待っ、待て。………おいっ! レオ! “待て”だっ!」  不本意そうに、キュンキュンとオレの鼻が鳴る。  でもちゃんとご主人様の命令は守るよ。鼻は鳴るし、涙目だけどね。待つよ。ご主人様。だからいっぱい褒めて、ご褒美ちょうだい。 「レオ、を、早くどうにかするんだ」 「無理」 「無理ってだな」 「無理ぃ。ご主人様ぁ。大好きなんだよぉ」  ご主人様を想うと、どんどん熱が集まってくる。痛いくらい。どうして良いか分からなくて、腰が小さく揺れる。  オレは哀れっぽく鼻を鳴らして、ご主人様をじっと見つめた。 「ね。お願い。、痛いの。ご主人様、助けて」  ご主人様の喉が、ごくりと上下した。 「お、お前、ちょっ、あっ、ぐっ」 「あ、あ、あ、ご主人様ぁ。好き。あん。気持ち良い。好き。好きぃ」 「い、いきなり、そんな、んっ。無理、だっ」  オレの上に乗っかったご主人様の腰を掴んで、オレはぬぷぬぷと下から突き上げた。  何も知らないオレに、ジッとしてろよ、とご主人様が上に乗っかってくれたまでは良かったんだけど。  だってさ、ご主人様、全然動いてくれないんだもん。ごめんなさい。あとでたっぷりお小言は聞くから。ね。  もともとたいして持ち合わせていない理性を放り出して、オレはこの感動的な光景を、瞬きも忘れて見つめた。  オレがご主人様の中に入って、出て、入って、出て。ずっと見ていられるよ。あ、ご主人様の口が開いた。ただそれだけなのに、なんだろう。すごく、やらしい。ご主人様。ご主人様。オレのご主人様。  オレはご主人様の頭を引き寄せて、唇を塞いだ。物足りなくてベロベロと口の中まで舐めまくると、ご主人様は体の力を抜いて、舌を絡ませてくれた。  これ、気持ちいい。もっともっとって舌を絡ませながら、オレは腰を動かす。  ご主人様は全部、どこもかしこも気持ちいい。好き。ご主人様、大好き。  下からだけじゃ物足りない。もっと。もっと全部、ご主人様を感じたい。  オレは腹筋を使ってガバリと体を起こす。中の角度が変わったからか、ご主人様の口から高い声が飛び出して、中がぎゅうぎゅう動いた。 「あ。ご主人様ぁ。ダメっ。そんなにしたら、オレ、オレぇ」  オレはそのままご主人様の上に乗っかって、二人の間に隙間が無くなれば良いなって、力一杯抱き付きながら、一生懸命に腰を振った。  ご主人様は涙目で首を横に振っているけど、まだ“待て”は言われて無いからオッケーだよね。  二人の腹筋に押しつぶされたご主人様のイチモツからは、たっぷりヨダレが出ている。これ、ご主人様も気持ち良いって事だよね。嬉しい。好き。ご主人様。オレでもっと気持ち良くなって。好き。大好き。  腰を振っていると、ある部分でご主人様がぎゅうぎゅう締め付けるポイントがあるって気付いた。そこを目掛けてゴリゴリしたら、ご主人様は顔を真っ赤にして、低い声であんあん言い始めた。可愛い。 「んっ。ご主人様。ここ、気持ちいーね? オレも、すごい、気持ちいーの。もう、んっ、死んじゃいそうっ!」  ご主人様は真っ赤な顔をぐっと歪めて、泣き出しそうな顔をする。あれ? オレ、何か失敗した? 「っレオ。レオ、ごめ、んっなぁ。ごめんっ。お前は、まだ、生きてて良かった、んだ。それ、なのに! お前、あ、ぅっ!」  ご主人様の両手が、オレの背中に回って、ギュって抱きしめてくれる。  頸から髪の中に手を入れて、足を回して、体中でオレに縋り付くご主人様。  ご主人様。  ご主人様が謝る事なんて、何もないよ。  オレの側にいてくれて、ありがとう。  オレと遊んでくれて、ありがとう。  オレを愛してくれて、ありがとう。  オレ馬鹿だけど、ご主人様は一度もオレを馬鹿にしなかった。オレの一番のご主人様。  ご主人様のイビキが聞こえないと、寝た気がしないよ。ご主人様の調子外れな鼻歌が聞きたい。ご主人様の汗の匂いが好き。ご主人様の帰宅の足音聞き分け大会では、いつもオレが優勝だよ。  ご主人様がいないと、寂しい。  ご主人様を置いていかないから、どうかオレを置いていかないで。  一緒がいい。ご主人様と、ずっとずっと一緒がいい。 「お前なぁ。ちょっとは手加減してくれよ。こっちは老体の初めてなんだぞ。本当に死ぬかと思っただろ!」  ご主人様はうつ伏せのまま、いやもう死んでるかとかなんとか、ぶつぶつ言っている。オレは正座でご主人様の側に座っていた。ご主人様曰く、これが人間の反省を表す姿勢らしい。  しかし。  ご主人様の素敵なお尻が出たままだから、オレの下半身はまた不穏な空気を纏い始めてしまう。さすがにこれ以上は、ご主人様に本気で怒られるかもと、オレは泣く泣くご主人様のお尻に落ちていたパンツをそっと乗せた。これでヨシ! 鎮まれオレの下半身! 「えっと。ご主人様、ありがとう。お迎えに来てくれて、ありがとう。一緒で嬉しい。ご主人様、大好きだよ」 「まったく。それだけ喜んでもらえたら、飼い主冥利に尽きるってもんだわ。思ってた方向とは、随分と違ってたがな。うん」  ご主人様はどっこらしょと体を起こした。向かい合わせに座って、オレの頭をガシっと掴んで、グリグリ撫でてくれる。オレの大好きなご主人様の撫で方だ。オレは嬉しくて尻尾をブンブン回した。   「じゃ、行くか」 「うんっ!」  何処に行くかは分からないけど、オレはご主人様と一緒なら何処だって大丈夫。  ご主人様の手を握って立ち上がると、一瞬でオレの体に洋服が着せられていた。ご主人様も洋服を着ている。あんなにドロドロにしちゃったのに、綺麗な洋服だ。不思議だなと首を傾げるオレに、ご主人様が優しく笑いかけてくれた。 「幽霊ってのも便利なもんだな。裸のまんまって訳にはいかないだろう」 「これ、窮屈だよ」  オレが服を引っ張りながらイヤイヤをすると、ご主人様はニヤニヤ笑いながら言ってくる。 「じゃあ犬に戻るか?」 「ヤだ」 「じゃ、我慢だな」  人間の姿の方が、ご主人様の顔が近いし。目もよく見えるし。ちゃんとキスできるし。色々出来るし。  唇を尖らせて不満な気持ちと戦っていたら、ご主人様が顔を近付けて、触れるか触れないかのキスを一つくれた。 「ご、ご主人様」 「散々やる事やっといて、こんなので真っ赤になるヤツがあるか」 「だってだって。ご主人様ぁ」 「ほら行くぞ」  ぐんっと手を引っ張られて、気付けば地上は遥か彼方。オレの頭上には、大好きだった丸いディスクみたいな円盤が浮かんでいる。 「ご主人様、オレ、空を飛んでる!」 「ああ。そうだな。レオは空が嬉しいのか?」 「うんっ! オレね、オレね! 空を飛ぶのが、ずっとずぅっと夢だったんだ!」  オレは、いかに空を飛ぶために小さな頃から努力を惜しまなかったのか、ご主人様に説明をした。それはもう一生懸命に熱弁したね。  話があっちにこっちに飛びまくっても、ご主人様は気長に待っていてくれる。優しいオレのご主人様。 「そうか。レオは空が飛びたかったのか」 「笑わない?」 「笑うもんか。そうか。お前、いつも一生懸命だったもんなぁ。夢は叶うんだよ。良かったな」 「うん! 夢が叶ったよ! でも夢より嬉しい。なんたって、ご主人様と一緒だもんね!」  ご主人様はオレの肩をぐっと引き寄せて、耳元で囁いた。 「これからはずっと一緒だ。俺のレオ」

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