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「僕はキャベツじゃない 第157話後半以降」削除部分

 遥はロッカールームへは行かず、ユニフォーム姿のまま整形外科病棟へ行った。  中肉中背、ショートヘアの女性ナースが廊下を歩いている姿を見つけて隣に並ぶと、そっと声を掛ける。 「じゃあさん、お元気ですかなのん」 「遥ちゃーん。今日もお仕事?」 『じゃあ』が口癖なので、じゃあさんと呼ばれている。稜而と同い年だが、三年制の看護専門学校を卒業して入職しているので、キャリアは稜而より長い。 「おーいえー! だいぶベテランになってきましたのん! ♪ガンバル、はるかガンバル、シーツかついで、ひがしへにーしへ♪」 「じゃあ、じゃあ、来週のリネン交換で、お手並み拝見。楽しみにしてるね」 じゃあさんと話しながら、遥は壁ぞいのリネン庫のドアを開け、開けたドアの影に立つと、トーンを落とした声で口を開いた。 「でもさ……、ベテランになってくると、人の裏側も見ちゃうね。病院って、そういう場所なのかな?」 「病気や怪我っていう、人生における一大事な人が集まる場所だし、生活の場だから、裏側を見ることもあるわね」 遥は棚の前にしゃがんで、ストックしてあるリネン類を整理すると、そのままじゃあさんを見上げた。 「ねぇ、オレ、今日バイト代入ったからさ、ハンバーガー食べに行かない? ちょっと……っていうか、かなり凹んでるんだよね」 「じゃあ、お兄さんと行けばいいじゃない」 「えー、兄貴ぃ? 野郎二人でハンバーガー食ったって、楽しくないじゃん。……あ、でも病院のスタッフさんに手を出したら、親父と兄貴にぶっ殺されるから、もちろん下心は何もなーし! グルメバーガーの先駆けっていわれてる、超、美味しいハンバーガー屋さんだよ。ね、行こうよ」 遥は肩を揺らしながらじゃあさんを見上げた。  遥はじゃあさんにデートの約束を取り付けると、外来診察を終えた稜而を待ち伏せて掴まえた。  昼時で往来が多い非常階段の踊り場で、二人は邪魔にならないよう隅に立つ。  稜而は腕組みをして、肩幅に広げた足に左右均等に加重しながら、遥の口許に耳を近づけ、うんうんと頷いた。 「おしゃべりだけなら、いいと思う。同じ職場の人に変な誤解をされないように気をつけて。俺からもじゃあさんに、病棟師長の前で『弟が世話になります、よろしく』と言っておく」 「師長の前で?」 「師長の知っている話にしておけば、誰かが目撃して噂を流したとしても、大きな騒ぎにならず収束するから」 「な……、なるほど。お願いしますなのん。職場の人間関係って大変なんだわー……」 遥が稜而を真似て、ふうっと前髪を吹き上げると、稜而は笑った。  遥は帰宅すると、入汲温泉のおばあちゃんが夏用スリッパにと編んでくれた布ぞうりをパタパタ鳴らし、家中を歩き回って本を集め、自分の勉強部屋に篭った。  パパが作ってくれたダイニングテーブルのように大きな机に向かって、積み上げた本を広げては、若草色の瞳を素早く動かし、次から次へ読み捨てていく。 「ふうむ。どれも『ヘビに短し、タヌキに長し』なのん。付け焼きサバを作るには、時間が足りないのよー。でもでも、もうお出かけの時間なのん。時間は常に足りなくなるもの、とりあえずの知識だけ頭に入れて、砕けないように当たってみますのん」 遥は鏡の前でミルクティ色の髪をざっくりとハーフアップに結い上げ、鏡を見ながら右を向き、左を向いて確認した。 「遥ちゃん、落ち武者みたいでワイルドなのん。遥ちゃんカッコイイー! ヒューヒュー! おーいえー! ありがとう! でもでも遥ちゃんに惚れたらヤケドするぜー! なのーん!」 パンツ一丁でジョン・トラボルタ、あるいは生まれたてのお釈迦様のように右手の人差し指を上に、左手の人差し指を下に向けて、鏡に向けてウィンクした。それから鏡にぐっと顔を近付けて、しげしげと見る。 「遥ちゃんは、うぶ毛みたいなお髭しか生えないのが残念なんだわー。ヒゲボウズになって、筋肉モリモリな身体に六尺(ふんどし)をキュッと締めて、股間もっこりで、ふははははははってしてみたい気持ちもあるのよー?」 鏡を見る目はだんだん下がって、あばらの浮く胸やオレンジシャーベット色のパンツに目が留まり、ウェストのゴムを引っ張って中の機嫌も伺った。 「公衆浴場へ行ったら、その場にいる殿方全員に、もれなく安心感と優越感をプレゼントできちゃうのん。サービス精神旺盛なんだわー。……さ、お着替えしましょうね、遥ちゃん」  はあっと溜め息をつくと、ドレッシングルームのハンガーラックを見回して、衣類が掛かったハンガーを右から左へパタパタと移動させ、紺色のシアサッカー生地のジャケットを取り出した。  さらに白のクロップドパンツと、マリンボーダーのカットソーを探し出す。 「稜而が『似合うから着ていくといいよ』って言ったコーディネートは、これなのん!」 痩せっぽちの身体を稜而のコーディネートした服で包むと、胸を張った。 「おちんちんちっちゃくても、稜而のコーディネートで、じゃあさんをエスコートするに相応しいワイルドな男になったのーん!」 遥は姿見の前で両手を腰にあて、身体を左右にねじって全身を見る。人差し指をドレンチェリー色の唇にあて、ハーフアップに結った頭をパタンと倒す。  鏡の中の自分としばらく見つめあってから、がっくりとうなだれた。 「.......遥ちゃん、とーっても可愛いのよ。まるで、じゃあさんと女子会なのん。ちくしょう」 しかし約束の時間は迫っていて、遥は財布とスマホと家の鍵を掴み、慌てて「デートなのん」とハンカチとポケットティッシュも持って家を出た。  日が傾き、街が蜂蜜色に染まる中、遥は堂々と職員通用口の前でじゃあさんを待った。  病院から出てくる職員たちが、サングラス姿の遥をチラチラと見ていく。 「ご通行中の皆様、この子は悪い子じゃないんですのよー。ただ虹彩の色が薄くて、夕陽が眩しいだけなんですのん」 口の中で小さく言い訳をしていたら、約束の時間より少し早く、じゃあさんが出てきた。  ラスタカラーのTシャツを着て、デニムのロングスカートを穿き、肩から麻のトートバッグを提げて、ウェッジソールサンダルを履いた足ですたすたと遥の前まで歩いてくる。 「遥ちゃん、お待たせ!」 「全然待ってないよ。カッコイイTシャツだね。じゃあさんが着ると、太陽みたいに輝いて見える」 遥はサングラスを頭の上に上げ、ぱちんとウィンクをしたが、じゃあさんは遥の顔を見上げ、それから改めて頭から足の先までじっくりと見て、正直な感想を述べた。 「今日は一段と可愛いわねー!」 「ああ! ワイルドにキメるつもりだったのに、兄貴にしてやられたんですのん!」 わおーん、と夕空に向かって吠えた。  稜而がコーディネートしたファッションであることを話すと、じゃあさんは明るく元気よく笑った。 「じゃあ、それは稜而先生の気遣いなのね。男性と二人で職場の近くを歩くのは、噂が立ちやすいから」 「ふうむ。なるほどなのん……」 二人は駅とは反対に住宅街へ向かって歩いた。 「自宅の一階をバーガーショップに改装なさったのん。ちょっとわかりにくい場所にあるけど、味は短冊つきですのん。マシュマロマンのお星様も一個ついてるし、マスターに願い事を言えば、新メニューにもなりますのん」 ジョンの家の角を自宅と反対方向に曲がって、小学校の裏を歩き、緑が生い茂る神社を一礼して通り抜けて、石段を下りた正面の民家のドアを開けた。 「ごきげんようございますなのーん! 資而(もとじ)のところの遥ちゃんですのーん!」 靴を履いたまま上がり込むと、白髪混じりの髭を蓄え、頭髪をバンダナで覆った男性が顔を出した。 「遥ちゃん、いらっしゃい。お父さんは元気?」 「元気ですのん。相変わらず忙しいみたいで、今朝も飛行機に乗ってどこかに行くって出掛けましたのん。ご当地ケティちゃんのキーホルダーを買ってきてくれるって言ってましたわー」 「遥ちゃん、ケティちゃんが好きなのかい?」 遥は少し困ったように笑った。 「お土産は何がいい? って聞かれて、最初は軽いノリでお願いしましたのん。でもでもケティちゃんって、全国各地で大活躍してらっしゃるから、だんだんコレクションになってきてますのよ。兄貴が日曜大工でコレクションボックスを作ってくれたから、ますます加熱してますのん」  庭がよく見渡せる一番いい席の椅子を引いて、じゃあさんを座らせると、遥は向かいの席に落ち着き、マスターに向って小さく肩をすくめた。 ---------- <謝罪会見> (遥) あーん、ごめんなさいなのん。 遥ちゃんが一人で解決しようって思ったんだけど、まだ19歳医学生の遥ちゃんには荷が重かったんだわー。 軌道修正して、周りの大人にもっと助けてもらいますのん。 ここに出てくるハンバーガー屋さんは、東京・東五反田にある『フランクリン・アベニュー』ってお店をモデルにしてますのん。 この物語はフィクションで、有平の描写力もないから、実際の店舗とは大きく異なりますのよ。 でもでも味は美味しいですのん。お値段高めとはいえ、バイト代で食べられる程度ですのん。 そしてナイフとフォークが出てくるのに、遥ちゃんは半分に切るのが精一杯で、あとは手づかみしちゃうんだわー。 もし五反田近辺へお越しの際は、遥ちゃんがご案内しますのん! なお、これからも筆者の馬鹿さ加減を甘く見ず、楽しく行動していきたいと思いますんだわー! (有平) 半年以上滞っていた連載を再開するにあたり、上記削除しました。 コメントも頂いておりましたのに、申し訳ありません。 誠に遺憾であり二度とこのようなことがないよう注意していく所存ではございますが、いずれまたやったらごめんなさい。 削除に至った一番の敗因は遥の正義感に火がつき、年齢や立場に不相応な問題に一人で取り組もうとしたことです。 これは19歳の医学生の立場でどうにかできるような底の浅いテーマではないので、今回はちゃんと大人たちの力を借ります。そして将来、遥が病院の経営に専念できるような立場になってから、改めて主体的に取り組ませます。 以後、キャラクターの能力を過信せず、執筆に励みたいと思います。ぺこり。

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