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特別な人 第9話
不審人物を見るかのように僕達を見る茂斗は、「気が散る」って睨んできた。
「なん、で……?」
「あぁ? 凪が帰ってきたのに全然こっちに顔見せないお前らの心配して勉強に集中しないから呼びに来たんだよ。ったく、凪はマジ優しいよな」
腕を組んでドアの前に仁王立ちした茂斗は、「可愛いうえに優しいとかマジで凪の欠点何処にあるんだよ、なぁ?」って怒ってるのに惚気てくる。
それに僕はびっくりしすぎて圧倒される。でも、圧倒されてばかりもいられないから、まず不安を払拭しようと口を開いた。
「無事、なの?」
「無事? それって俺に言ってるわけ?」
大好きな凪ちゃんを怒りながらも褒め称える茂斗は、僕の言葉ににやけ面を強張らせて冷たい目で僕を見据えてきた。
(あ、これ本気で怒ってる顔だ……)
「な、何怒ってるんだよ、茂斗……」
この顔は、茂斗が他人にはよく見せる表情。でも、僕達家族にはよほどのことがない限り見せない顔。
流石の僕も茂斗のこの表情には怯えてしまう。茂斗は怒ると本当に怖いから……。
答えを間違えたら殴られるかもしれない。でも、何に対して茂斗が怒ってるのか分からないから間違えないように頑張っても間違えてしまいそうで怖い……。
今度は茂斗が怖すぎて虎君にしがみつく。そんな自分の行動に気づいたのは、虎君が僕を守るように抱きしめてくれた時だった。
(虎君……)
本当に毎回毎回、僕は虎君の優しさに助けられてばっかりだ。
って、改めて虎君に敬愛の眼差しを向けたんだけど……。
「茂斗、落ち着け。葵は茂斗の頭が無事か聞いたわけじゃないから」
茂斗に向けて虎君が言った言葉は、実に信じがたいものだった。
「何言ってるの虎君! 当たり前でしょ?!」
双子の片割れにそんなひどい事思うわけないでしょ?!
そう僕が怒ろうとしたら、茂斗は「本当に?」って確認してくる。それに僕は、なんでその言葉? ってもうパニックだ。
「葵は昔を思い出しただけだ」
「『昔』? ……! あぁ、あの時か」
虎君の言葉に茂斗は意味が分からないとばかりに顔を顰める。でも、すぐに何のことを言っているか分かったみたいで、ポンっと手を叩いて見せた。
もしかしなくても、茂斗、忘れてたな……?
「葵、もしかして強盗に俺達が殺されたかと思った?」
信じられない。あんな怖い目にあったのに忘れるとか……。
そう脱力してその場に座り込んでしまう僕に、茂斗は視線を合わせるようにしゃがみ込んで「葵は馬鹿だな」って笑う。ものすっごくいい顔で。
「俺はもう小学生のガキじゃねぇーし強盗の一人や二人返り討ちにしてやるよ」
頭をポンポンって叩いてくる茂斗の表情はさっきまでの怒り顔とは全然違う、『馬鹿な弟が可愛くて仕方ない』って感じですごく複雑な気分だ。
同じ年なのに完全に子ども扱い。僕は髪をぐしゃぐしゃとかき乱す茂斗の手を鬱陶しい! って振り払う。でも、茂斗は『兄馬鹿』な表情のままで……。
「茂斗、葵が本気で怒る前にやめとけ」
「んぁ? ああ、そうだな」
不貞腐れる僕に助け船を出してくれるのはやっぱり虎君。本当、虎君って良い『お兄ちゃん』だ。
「お前のその自信満々なところは別にいいけど、玄関の鍵ぐらいかけとけよ。流石に不用心だぞ」
「あれ? 鍵かかってなかった?」
僕が勘違いした原因の一つを虎君が指摘したら、茂斗は驚いた顔を返してくる。どうやらただの掛け忘れみたいだ。
でも鍵の謎は解けたけど、一番の謎がまだ残ってる。それは誰の声も聞こえなかったこと。
「ねぇ、みんなは? すごく静かなんだけど……」
「ああ。そうだな。お喋り好きが居ないと静かだよな」
笑顔のまま茂斗は立ち上がると、母さんも姉さんもめのうも居ないと教えてくれた。なんでも、みんなで夕食に出かけたらしい。
一言もなく置いてけぼりを食らった僕は、それにちょっとショックを受ける。でもショックを受ける必要がないってその後すぐに分かった。
「姉貴ももう少し空気よめばいいのに、親父と母さんにくっついて行った。めのうを口実に使って」
「! 父さん帰ってきてるの?」
「おう。禁断症状出て限界だからって一週間帰国早めたんだと」
仕事で国外に出張に行っていたはずの父さんがもう家に帰ってきたことにまたびっくり。帰国予定は一週間後だったのに、いくら何でも前倒ししすぎだ。
でも僕は『なんで?』とは聞かない。だって茂斗の言った『禁断症状』ですぐわかったから。
「本当、親父の母さん中毒は何とかならないのかねぇ。仲良いのはいいけど、流石に引くわ」
未だかつて父さんの出張は1ヶ月持ったことがない。その理由は表向きには『家族に会いたい』ってことになっているからまだ美談なんだけど、家族である僕達がしる真実は『愛しい妻に会いたい』ってものだから笑ってしまうのだ。
僕は失笑する茂斗を見上げると、内心では(父さんの事言えないくせに)って自分の事を棚に上げる双子の片割れに笑った。けど、茂斗が父さんに似てるって言われることを嫌っているって知ってるから、何も言わない。
そしてそれは虎君も分かっているから、僕達は視線だけで笑いあった。
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