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特別な人 第12話

「茂斗の最優先は今も変わらず凪ちゃんだけど、でも昔は凪ちゃんの次に葵の事を優先してただろ? あいつ」 「えぇ……。そう、だった……?」 「そうだよ。桔梗が心配してたんだぞ? 『茂斗は凪ちゃんと葵が居れば他はいらないって思ってる気がする』って」  当時を思い出してか楽しそうに笑う虎君。僕は姉さんが虎君にそんな相談してるなんて全く知らなかったから、本当、驚いた。  驚いて、疑問とも呼べない引っ掛かりを感じた。 「葵? どうした?」 「……虎君、姉さんと何かあった?」  一瞬黙った僕の顔を覗き込む虎君。その表情には心配の色が見えた。本当、虎君って優しい。  でも、僕の口から出た言葉に珍しく虎君は驚いた顔をして見せた。 「な、んで?」  それは明らかに動揺した声。きっと僕じゃなくても分かると思う。それぐらい虎君は動揺してた。 「昔は仲良かったでしょ? 姉さんからそうやって悩みの相談されるぐらい。でも、今は全然連絡とってないし、何かあったのかなぁ……って」 「あー……、いや、何もないよ? 連絡も全くとってないわけじゃないし」  僕の顔を覗き込んでいた身体を起こして笑う虎君。答える言葉は明らかな嘘。  でも、「葵の気のせいだよ」って頭をポンポンって叩かれたら、それ以上聞けなかった。 「そっか……」 「ん。……ほら、リビングに戻ろう?」  カバンを手に取り玄関の鍵をかけると虎君はいつも通りの笑顔で僕を促す。僕は力なく頷くと踵を返した。 (いつもなら、気にかけてくれるのに……)  元気ないぞ。って笑いかけてくれる声と笑顔が今はない。姉さんと疎遠になってる理由は、どうやら触れちゃダメだったみたいだ。 「おせぇーぞ。凪がまた心配するだろうが」  カバン取りに行くのにどんだけ時間かかってるんだ!  リビングに一歩足を踏み入れたと同時に届く茂斗の声。僕は「ごめん」って苦笑いを返してリビングを見渡した。 「……陽琥さんと西さんは?」  母さんたちは食事に出かけて居ないことは聞いたから分かってる。でも、ボディーガードの陽琥さんとお手伝いの西さんは家にいると思ってた。それなのにリビングには茂斗と凪ちゃんしか居なくて……。 「陽琥さんは仕事中。西はクビだって」 「そっか。……! え? クビ?!」 「葵、煩い」  色々考えててうっかり聞き流すところだった。  僕は茂斗にどういうこと!? って詰め寄り説明を求めた。陽琥さんはともかく、西さんがクビってどういうこと?! って。 「何かあったの? 病気とか?」 「病気で『クビ』にはならねぇよ」 「じゃあなんで?」  突然すぎるお手伝いさんの『クビ』。西さんは男の人なのに料理も洗濯も掃除もできてお手伝いさんとして本当に完璧だった。  だから『クビ』になる要素なんて全くない。それなのにこんな風に突然『クビ』になったなんて、理由が知りたいって思う方が普通だ。  教えてよって詰め寄る僕に、茂斗は何故か僕じゃなくて虎君に視線を向けた。 (え? 何?) 「茂斗?」 「西は確かに有能だったよ。でも、有能だけじゃうちには出入りできないだろ」  ため息交じりで教えられるのは、西さんの『クビ』の理由。  きっと他の人が聞いたら何のことか分からないだろう理由だけど、悲しいことに僕は分かってしまった。そして、虎君も。 「相手は? 桔梗か? それとも、樹里斗さん?」 「どっちも外れ」  僕より先に問いただすのは虎君。その声に、少しだけ怒りが含まれてるように感じた。  茂斗は虎君の質問に首を振る。 「え? なら、めのう……?」  嘘だよね? って僕がまだ幼稚舎の妹の名前を出したら、茂斗は「まさか」って鼻で笑う。  鼻で笑われたことにちょっとだけムッとするも、でも今は西さんの『クビ』の理由を知ることが先。 「じゃあ誰?」 「母さん、姉貴、めのう。他にはいないのか? この家には」 「! まさか、凪ちゃん!?」  ヒントはくれるけどはっきり言わない茂斗。それに僕は家族じゃないけど家によく出入りしている女の子がもう一人いることを思い出す。それは今目の前で茂斗に勉強を教えてもらっている僕達の幼馴染、凪ちゃんだ。  驚く僕に茂斗から返ってくるのは「『まさか』ってどういう意味だ!?」ってキレ気味の声。

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