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特別な人 第26話

「ごめん、葵。葵には言えない」 「! なんで?」  申し訳ないって顔。でも、もう決めてるって顔。  僕は、何を考えてるの? ってもう一度問いかけた。僕には言えない事って何? って。  虎君はそんな僕にすごく困った顔をして見せた。それがまた不安を煽って、冷静でいられない。 「何か危ない事しようって考えてるの? だったら、ダメだよ? 虎君に何かあったら僕どうしたらいいの?!」 「大丈夫だよ。葵が不安に思うことは何もないから」  『何』を考えてるかは分からない。でも、その考えを実行に移さないで。そう必死に訴えるけど、虎君は「大丈夫」って笑うだけ……。 (どうしよう……。このままだと、虎君が遠くに行っちゃいそうだよ……)  僕には虎君を止める力はない。それを痛感して悔しくて悲しくて唇を噛みしめ黙り込む。  誰でもいいから虎君を止めて欲しいって願った時、僕を宥めるように肩に手を伸ばす父さん。その手に、僕は虎君に詰め寄っていた身体を引いてソファに身を沈めた。 「虎、お前がしようとしてることはただの自己満足だ。『誰か』を守る為じゃなく、『誰か』を危険にする行為だってことを覚えておけ」 「どういうことですか……?」 「報復は報復を生む。その矛先がお前が守りたい『誰か』に向くことだってあるってことだ」  父さんは静かな声で虎君に言った。負の連鎖が自分に返ってくると思うな。って。  それはまるで自分の体験を話しているようで、僕は思わず父さんを見た。父さんは僕の視線に悲し気に笑った。 「父さん……?」 「俺も昔、虎のように考えてたよ。今思えば世間知らずで傲慢な子供の考えだった」  できることなら過去を変えたいって言う父さん。僕はその言葉に、父さんは守りたい人を守れなかった過去があるのだと知った。 「悔やんでいるからこそ、お前には同じ過ちは犯してほしくない。……本気で『その人』を大事だと思うなら、な」 「本気で大事だから、大切だから、俺は許せないです」 「許せとは言わない。ただ、怒りに身を任せるなと言ってるんだ。……然るべき措置は大人に任せて、今は相手の事だけを考えろ」  言い聞かせる父さんに、虎君は静かな声で「分かりました」って応えた。その場をやり過ごすための返事じゃなくて、きっと本心からの返事だって僕は思った。虎君、凄く悔しそうな顔をしていたから……。 「早く大人になりたいか?」 「なりたいです」  悔しさの理由を父さんはすぐに見抜く。そして虎君はそんな父さんの問いかけに即答した。一人前の男になりたい。って。  僕からすれば虎君はもう大人の男の人。でも、虎君自身は自分をまだ子供だって言う。それが何故かとても切なかった……。 「衝動を抑えられるようになったら立派な大人だ」 「茂さんに止められなければ衝動のまま行動してましたけどね」 「止められても突っ走る奴はいる。それに比べれば十分大人だよ。虎は」  笑う父さんに虎君も力なく笑い返した。  そんなやり取りを見て、僕は早く大人になりたい。って思った。大人になって、虎君の理解者になりたい。って……。 「! よし、話はここまでにしよう。葵、移る部屋が決まったら言うんだぞ?」 「あ、うん。分かった」  何かに気づいて顔を上げる父さんは、話を打ち切る。それに僕はどうしたんだろうって思うけど、その理由はすぐに分かった。  パタパタと聞こえるのは、賑やかな足音。 「こら、めのう! 待ちなさい!」 「やー! まだあついー!」  元気いっぱいな声とともに姿を見せるのは、下着姿のめのう。その後ろには髪を濡らしたままの母さんがバスタオルを手に無邪気なめのうを追いかけてきていた。 「捕まえた!」 「ママはなしてー!」  バスタオルに包まれためのうはきゃっきゃと笑って楽しそうで、母さんもそんなめのうが可愛くて仕方ないのか、とても優しい笑顔を浮かべていた。 「めのう、レディが下着姿でお客様の前に出ちゃだめだぞ?」  ソファから立ち上がるのは父さんで、じゃれるめのうと母さんのもとに歩み寄るとめのうと同じ視線に腰を落として『淑女』としての振る舞いを冗談交じりに教えていた。  その顔はとても愛しげで、めのうと母さんに対する愛を感じた。 「あ! ちゃいにぃとトラだぁ!」  キラキラ輝く金色の髪を母さんにバスタオルで乾かしてもらいながらめのうは僕達を見つけて顔を輝かせ、手を振ってくる。  それが兄の贔屓目抜きにも可愛くて、僕は妹の名前を呼んで手を振り返してやった。虎君も「相変わらず俺は呼び捨てか」って笑いながら手を振って見せてて、いつも通り。 「髪、濡れてるぞ」 「乾かす前にめのうが飛び出しちゃって」  めのうの髪を乾かす母さんの肩にかかるタオルに手を伸ばす父さんは「風邪ひくぞ」って母さんの髪をタオルで包んで乾かし始める。  父さんが母さんを見る眼差しは僕達に向けるものとは全然違って、見てるこっちが恥ずかしくなりそうだった。

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