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特別な人 第42話
虎君と談笑しながらゆっくりと朝食を味わいたかったけど、今日は残念ながら時間がない。
急いで朝ご飯を食べる僕に、虎君はそんなに急がなくても大丈夫だって言ってくれる。7時過ぎに家を出てもホームルームには間に合うからって。
「いつも20分ぐらい早く着いてるだろ?」
「そーだけどっ」
「まぁ、ギリギリで教室に入るのは嫌かもしれないけど」
ホームルームが始まる前に友達と喋りたいよな。
そう僕の事を考えてくれる虎君に、僕は「それは別に平気」って苦笑い。友達と喋ることは休み時間にでもできるから。
そしたら虎君は不思議そうな顔して「それならどうしてそんなに急いでるんだよ?」って尤もな疑問を投げかけてきた。
ちょっとだけ、虎君なら分かってくれるかも? って思ってた僕はそれに少し考える素振りをして見せる。教えてあげようか? どうしようかな? って感じで。
「教えてよ、葵」
「だってギリギリに学校に着いたら、虎君とおしゃべりできないでしょ?」
僕の考えてる事を知りたいって言ってくれる虎君。そんな風に言われたら教えないわけにはいかないし、むしろ知ってほしいって思っちゃう。僕は単純だから。
だから急いでる理由を口にしたら、返ってきたのは言葉じゃなくて驚いた顔。
「虎君? どうしたの?」
「! あ、いや、俺と喋りたいから、急いでるんだ?」
虎君が確認するように尋ねてくるから、僕は「そうだよ?」って首を傾げてしまう。今僕そう言ったでしょ? って。
「そっか。……そうだな」
確かにそう言ってたって笑う虎君は「嬉しいよ」って穏やかな声を零す。
その声と表情に虎君が喜んでるって僕はすぐわかったし、その理由もなんとなくわかったから、僕まで嬉しくなってしまう。
(虎君も僕と一緒だよね?)
学校に着いてからホームルームまでの時間、僕は毎日ギリギリまで正門前で虎君とお喋りしてる。
会話の内容は普段と全然変わらない。放課後や家で話してる内容と、一緒。でも、毎朝正門前でお喋りする時間が僕は好きだし、大事。
きっとこのことを話しても他の人には理解できない事だとは思う。現に、話を聞いていた茂斗からは、
「別に20分家で喋ってから出てもいいんじゃねぇーの?」
なんて突っ込みが入ったから。まぁ、普通はそう思うよね。
でも、家を出るギリギリまで喋るのと正門前でホームルームギリギリまで喋るのはちょっと違う。僕にとって。
「凪もそう思うよな?」
「え? あ、えっと、その……」
幼稚舎の制服に着替えるめのうの手伝いをしていた凪ちゃんに話を振る茂斗だけど、突然話を振られた凪ちゃんは狼狽えて言葉を詰まらせる。
でも、視線を外しながらも「マモちゃんの言うこと、ちょっとだけ分かる、よ……?」って尻すぼみに言葉を返してくれた。
「! なんで凪の事分かるんだよ!?」
「え? なんで僕?」
恥ずかしそうな凪ちゃんの姿に、可愛いなって思ってたら、テーブルを叩く茂斗の手。
それに顔を上げたら物凄い嫉妬の目で僕に凄んでくる茂斗が目の前にいて、どうやら凪ちゃんと僕が同じ感性なのが許せないみたいだった。
(えぇ……、茂斗、面倒くさい……)
別に今僕が凪ちゃんと喋ったわけでもないし、話を振ったのは茂斗本人。それなのにこんな風に睨まれるのは、ちょっと理不尽だ。
「凪ちゃん、何が分かるの?」
茂斗に睨まれてげんなりしてたら、虎君が凪ちゃんに話しかける。それに茂斗は梟みたい首を回して今度は虎君を睨む。話しかけるなって言いたいんだろうな。
でも、茂斗の睨み顔なんて何処吹く風。虎君は笑顔で凪ちゃんに「教えて?」って続きを促した。
けど凪ちゃんはそんな虎君の笑顔に視線を逸らして明らかに怯え顔。人当たりのいい笑顔の虎君ですら凪ちゃんは苦手みたい。
「トラ! だめぇ!」
「! めのうちゃん……」
「なぎちゃ、いじめちゃだめぇ! トラのばかぁ!」
怯える凪ちゃんを守るのは、茂斗じゃなくてめのう。
小さな体で目一杯手を広げて凪ちゃんの前に立つめのうは、可愛い顔なのに頬っぺたを膨らませて怒ってるアピールをする。
「えぇ……、俺、質問しただけなのに?」
「でかしためのう! 流石俺の妹だ!」
苦笑いを浮かべる虎君だけど、ちょっぴり傷ついてるみたい。茂斗は二人に近づくとめのうの頭を撫でてまた虎君と僕に向き直る。
「お前から凪に喋りかけるの禁止な、虎」
「分かったよ。もう喋りかけません」
腕を組んで凪ちゃんを守る茂斗とそんな茂斗の隣で同じように腕を組むめのうの姿に、虎君は空笑いを浮かべて降参ポーズをとって見せた。
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