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特別な人 第61話
「随分男前にされたな」
あの後、僕は瑛大に抱きかかえられて保健室に連れて行かれた。そしてそこで養護教諭の柊先生に殴られた箇所の手当てをしてもらったんだけど、出血は止まったものの患部の内出血はどうにもできなかった。
せめて腫れあがらないようにって渡された氷嚢を患部に押し当てる僕に掛けられるのは、柊先生の笑い声。可愛い顔が台無しだな。って。
「先生! 笑ってないで、病院! ちゃんと葵の事診てよ!」
「そうですよ。殴られた時か倒れた時に頭打ったみたいで、葵、吐いたんですよ?」
出血が止まったことを確認するように僕の顔を見てた柊先生に掛けられるのは、慶史と瑛大の声。頬っぺた以外の外傷がないからって安心しないでください! って凄む二人の声を柊先生は「はいはい」っ受け流す。
「三谷君、痛みは取れたかな?」
「あ、はい。喋れるようになったし、随分マシです」
氷嚢を少しずらす様に指示されて言われるがまま患部を冷やしていたそれを退けれる。少し診察した後柊先生はもう少し冷やしておくよう言ってきて、僕はそれに従って再び氷嚢を頬っぺたに押し当てた。
それを確認した柊先生は慶史と瑛大に向き直ると、午後の授業が始まるから教室に戻るよう促した。確かにさっき予冷が鳴ったから5分も経たずに授業は始まるだろう。
僕は二人に「もう大丈夫だよ」って笑いかける。心配かけてごめんね? って。
「でもっ……!」
「俺も慶史もお前の事が心配なんだっ」
このまま呑気に授業を受けていられない。
そう詰め寄ってくる二人。僕は少し驚いたけど、でも思わず笑ってしまった。
「葵?」
「こんな時に何笑ってるんだ?」
声を出して笑う僕を不思議そうに見る二人は全然気づいてない。『ある事』に。
(二人とも名前で呼んでるって気づいてないのかな?)
『結城』と『藤原』から、『瑛大』と『慶史』になってるそれは本当に時間が巻き戻った気がした。
それに、こうやって僕の心配をしてくれる姿は昔と何も変わらない……。
(『嬉しい』って思ったら、やっぱり不謹慎かな?)
理由も言わず笑ってる僕に今度は二人は顔を見合わせてて、本当、嬉しい。
「ごめんね。でも僕、殴られてよかったかも」
「はぁ? 何言ってんの!?」
「馬鹿も休み休み言えよなっ! お前に何かあったら俺が虎兄に顔向けできねぇーんだぞっ!」
殴られて頭おかしくなったの?! って顔を顰める慶史に、虎君の名前を出してくる瑛大。
僕はちょっとだけ気圧されながらも、不謹慎な言葉選びだったと謝る。
「ごめんね。ただ、昔に戻ったみたいで嬉しかったんだ」
「『昔』?」
「慶史も瑛大も、お互いの事名前で呼んでたでしょ? 瑛大が僕達から離れる前までは」
気づいてなかったの?
きっと口に出したら二人はすぐに苗字で呼び合うんだろうな。だって慶史も瑛大も凄く気まずそうな顔してるんだもん。
「……馴れ馴れしくしないでくれる?」
「そ、それはこっちの台詞だ!!」
顔を背ける慶史の頬っぺたはちょっと赤くて、照れてるってすぐわかった。でも角度的に瑛大にはそれが見えないから、悪態をそのまま受け取って怒り出す。
けどまぁ怒ってる割に瑛大も動揺してるっぽいし、その様子から見て本気で僕達を嫌ってるってわけじゃなさそうだから、今まで通り瑛大が態度の豹変理由を話してくれるまで待ってようと思った。
「後1分で授業が始まる。二人とも教室に戻りなさい」
「! 分かりましたっ!!」
もうすぐ午後の授業の始業チャイムが鳴ると言う先生の声を天の助けと思ったのかな? 瑛大はさっきとは打って変わって素直に保健室を出て行ってしまう。
「……藤原君も行きなさい。三谷君の事は先生に任せてくれて大丈夫だから」
「分かりました。……ちゃんと病院行けよ?」
先生からの二度目の注意に慶史は渋々ながらも頷いて僕に念を押すと瑛大に続いて保健室を後にする。
保健室のドアが閉まったとほぼ同時に鳴り響くのは午後の授業開始を告げるチャイム。僕は患部を冷やしながらそのチャイムが鳴り終わるのを大人しく待った。
「痛みが引いたらベッドで横になってなさい。早退の手続きをしてくるから」
「分かりました。……先生、仕事増やしてごめんなさい」
僕が口を開くより先に先生は僕を見て言った。何か違和感を覚えたらすぐに言いなさい。って。
先生の言葉に僕は素直に頷くものの、カバンとか教室に取りに行ってくれるような雰囲気を察して申し訳なさに身を小さくする。
でも、そんな僕に先生は笑うと、授業が始まって静かになった自分の城で仕事中は必ず掛けている眼鏡を外した。
「俺の心配がしたけりゃ、せめて後20年は早く生まれて来い」
「! 20年って無茶苦茶だよ、斗弛弥さん。僕、母さんとほぼ同い年になっちゃいますよ?」
20年も早く生まれてたら僕は35歳だし、母さんと数年しか年が違わない。母さんの子供である僕にはたとえ過去をやり直せたとしても絶対に無理な話だ。
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