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特別な人 第82話

 僕に向き合うようにベッドに座る虎君は、遠慮がちに僕の手を握ってくる。  恥ずかしさのあまり顔を挙げれない僕はただその優しい手に身を任せるだけ。 「ごめんな、葵。……変なこと言って困らせて悪かった」  顔を上げて?  そう乞われておずおずと顔を上げたら凄く嬉しそうな虎君の顔が目の前にあって、居心地が悪い。  なんで笑ってるの? って睨んでしまうのは、恥ずかしさを隠すため。  すると虎君はますます嬉しそうな表情を見せて、また「ごめん」って謝ってきた。 「許してくれる……?」  顔を覗き込んでくる虎君。その近さに、心臓がまた煩くなる。  身を引いたら壁にぶつかるし、手を握られてるし、逃げられない。 「逃げないでよ」 「に、逃げてない」  僕の行動なんて虎君にはお見通しみたい。  こんな風に笑顔で願われたら拒絶することなんてできないし、僕は悪態をつきながらも大人しくなる。  すると、握られていた手が離されて、そのまま虎君は僕の事を引き寄せて抱きしめてくる。  僕の心臓はお祭り騒ぎ。でも抗えなくて虎君に身を任せる。 「ねぇ、葵。許してよ?」  背中をあやすように叩く虎君の手は優しい。いつもならこの手にこの上ないほど安らぎを覚えていたはずなのに、今覚えるのは安らぎとは言えないものだ。 (なんでこんなドキドキしてるんだろう……?)  さっきから心臓は煩いし、息苦しくて頭がくらくらする。僕、何処か悪いのかな? って不安になるレベルだ。 (もしかして本当に頭打ったのかな? だから、こんな風になってるのかな……?)  じゃないと説明がつかない。今までこんな風に心臓がおかしくなったことなんてなかったから。 「葵? ダメ? 許してくれない?」 「! ダメじゃない! それに怒っても困ってもないよ!!」  自分の身体の不調に悶々としてたら、頼りない声が耳に届く。  それに漸く虎君に誤解を与えたままだって気づいて、慌てて反応を返した。それが凄く必死な返答になってしまったと気づいたのは、自分の声を聞いた時。 (うぅ……、最悪。必死過ぎって虎君に笑われちゃうよ……)  恥ずかしくて顔は真っ赤になってるに決まってる。  だから気づかれないようにぎゅーって虎君にしがみつく。顔を隠す様に。 「本当に? 嘘ついてない?」 「つ、いてない……」  髪を撫で、穏やかな声で尋ねてくる虎君。  震える声で問いかけに答えたら、ぎゅって力強く抱きしめられた。 「よかった……。葵に嫌われたら俺は生きていけないよ」 「お、大袈裟だよ」 「大袈裟じゃないよ」 「! ……僕が虎君の事嫌いになるわけないでしょ……」  絶対にありえない事なのに心底安心した声で囁かれたら心がムズムズする。  悪態交じりに茶化す僕に返ってきた虎君の声色は幸せな音。心臓のドキドキは相変わらずだけど、気持ちはずっとずっと穏やかになる。  僕は虎君の肩に頭を預けたまま、何があっても虎君の事が『大好きだよ』って伝える。 「俺も葵のことが大好きだよ」 「……嬉しい」  僕の言葉に同じ言葉を返してくれる虎君はやっぱり優しい。  素直に喜びを口に出したら、虎君は抱き着く僕を引き離してくる。 「何?」  じっと見つめられると落ち着かない。でも、居心地が悪いってわけじゃなくて……。  上目づかいで尋ねたら、虎君から返ってくるのはただ穏やかに笑って見せる。 「ドキドキしてる……?」 「し、してる……」 「そっか」  尋ねられた言葉に素直に頷いたら、虎君は嬉しそうに笑う。  その笑顔の理由は分からないけど、虎君が嬉しそうなら僕も嬉しい。 「俺もドキドキしてるよ」  コツンって額を小突き合わせて笑ってくれる虎君の言葉に「嘘だぁ?」って笑い返す僕は、改めて虎君が大好きだって思った。

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