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特別な人 第88話

「虎兄、この段ボールは何処に置けばいい?」 「何が入ってる? 教科書ならとりあえずこっちの隅に避けといてくれ」 「『夏服』って書いてる。……クローゼットでいいか?」 「ごめん、ちょっと待って。先に掃除機かけちゃうから」  部屋の入口で段ボールを抱えてる瑛大は掃除機を探す僕の姿に「そんな慌てんなよ」って呆れたように息を吐く。  わざとらしいぐらいに目を合わせてくれない瑛大に僕は苦笑いを浮かべて「ごめん」って謝った。 「瑛大、どうかしたのか?」 「! べ、別にどうもしてねぇーよ? 次にどれ運ぼうか考えてただけだし」  ビクッと身を竦ませた瑛大の反応に、僕は一度分解した机を組み立て直してくれていた虎君を振り返る。  すると虎君は笑顔で「手を動かす」って僕を注意してきて、いつも通り。 (さっきの瑛大の反応、なんだろう……。びっくりしてるっていうより、『怯えてる』って感じだったんだけど……。僕の気のせい?)  ん? って思いながらも「葵」って虎君にもう一度注意されたから返事をして大人しく掃除を再開。  クローゼットに掃除機をかけながら横目で瑛大を様子を伺ってみると、瑛大は仏頂面して僕と反対の方向を見てて、拗ねてるみたいだった。 (なんで拗ねてるんだろう?)  今のやり取りで瑛大が拗ねるところはなかったのに、なんで?  でも、疑問に思いながらもふと思った。瑛大の態度は学校と全然違うって。  学校では硬派な性格らしくクールなイメージが強い瑛大。けど、今の瑛大はクールって言うよりも子供っぽいイメージが強くて、『甘えん坊の弟』みたい。 (あ、そっか。虎君がいるからだ!)  瑛大は一人っ子。でも、『虎兄』と慕う従兄弟の虎君がいる。  そういえば瑛大って昔から虎君の前では凄く幼くなるんだよね。 (だから子供っぽく思えるんだ! 納得!)  普段の瑛大と違う一面に昔の面影を見て嬉しくなる。ついつい笑顔が零れてしまう位。  鼻歌交じりにクローゼットの掃除をしていたせいか、ふと感じる視線。振り返れば瑛大が何とも言えない顔をしてた。 「何?」 「別に。……人をこき使っといて上機嫌だなと思っただけだ」 「! ご、ごめんっ……」  ジトっとした視線に、瑛大が此処にいる理由を思い出す。  瑛大は虎君に呼ばれたからわざわざ外泊許可をとって実家に戻ってきただけで、僕の引っ越しを手伝うためじゃない。  それなのに今こうやって手伝ってくれてるのは、他でもなく虎君が呼び出した理由がそれだったから。  『お兄ちゃんっ子』な瑛大は虎君の言葉に絶対逆らわない。口も聞きたくないと思ってる相手でも、虎君が『仲良くしろ』って言ったら仲良くしちゃいそうなほど昔から虎君に従順だった。  だから、今瑛大が僕の部屋の引っ越しを手伝ってくれてるのは瑛大の意思じゃない。  それなのにこんな風に瑛大と過ごすなんて昔みたいだって喜んじゃって、僕ってつくづく自分のことしか考えてないんだな……って反省。 「あ、いや、そんな落ち込むな―――」 「瑛大」 「! と、虎兄、これはちがっ―――」 「何慌ててるんだよ。変な奴だな」  反省する僕にちょっと慌てた様子の瑛大。でも、虎君の声にまた身を竦ませて、今度は大慌て。  虎君はそんな瑛大の様子に苦笑を漏らすと、僕の頭にポンって手を乗せる。 「葵、久しぶりに瑛大がいて嬉しいのは分かるけど、今は掃除に集中すること。夜までに荷物運び終わらないとダメなんだからな?」 「うん。分かった」  新しい部屋の片づけは後でいいけど、以前の部屋から荷物は全部運ばないと。  そう諭す虎君は、僕が未だ自分の部屋に一人で入れないって知ってる。必要なものが出て来る度に虎君に迷惑をかけてるんだから、まぁ当然だよね。  迷惑をかけすぎて虎君に呆れられたくない僕は、一つでも不安要素を失くすために素直に頷いた。  でも、僕が部屋を移動する理由を知らない瑛大は、「甘やかしすぎな気がするんだけど」って口を開いた。 「……何がだ?」 「いや、だから葵のこと甘やかしすぎだと思うんだけど。『引っ越し』って聞いたからてっきり虎兄かと思ったのに、単に葵が部屋を移るだけだし、別に俺が手伝う必要ないよな?」  部屋の移動ぐらいむしろ一人でしろよ。って声が聞こえてきそう。 (まぁ普通はそう思うよね)  少し距離があるだけで階が違うわけじゃない。男子中学生なら、一人で移動することも不可能じゃない。  それなのに僕は虎君と瑛大に手伝ってもらってる。更に明日には茂斗も手伝ってくれるし、瑛大が呆れるのも当然と言えば当然だった。  でも、虎君の見解は僕と瑛大とは違ってて……。 「俺がいつ葵のこと甘やかしたって言うんだよ?」  どうやらそもそもの自覚がなかったみたい。

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