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特別な人 第119話

「葵は本当に素直ないい子に育ったな」 「! 全然いい子じゃないよ……」  優しく笑う陽琥さんは、僕の事を褒めてくれる。でも、僕は陽琥さんが思ってる『いい子』なんかじゃない。自分勝手で周りが見えていない我儘な子供だ。  今日一日で自分の嫌な面を沢山知って、凄く落ち込む。いや、気づけて良かったって思ってはいるんだけど、向き合うのはまだ辛い……。 (明日瑛大と顔合わせるの、嫌だなぁ……)  瑛大の顔を見たら、今まで僕がどれほど無神経だったか嫌でも突き付けられてしまう。  もちろん瑛大は何も悪くない。ただ僕にまだ自分自身に向き合う勇気が出てこないだけ。 (でも休むわけにはいかないし……)  休んでも問題が解決するわけじゃない。むしろ先送りになった問題に次の日はもっともっと行き辛くなってしまいそう。  考えれば考える程、『行きたくない』って気持ちと『行かないと』って気持ちがせめぎ合ってて心臓が苦しくなる。 「……何してるの?」  膝を抱え直して必死に気持ちに折り合いをつけようとしている僕の視界に入るのは、携帯を触る陽琥さん。  心配してくれたのにそれを無下にして突っぱねたのは僕だけど、目の前で興味を失くされるのはショックだ。 (! あぁ、まただ……。仕事の連絡かもしれないし、陽琥さんには陽琥さんの『世界』があるんだってば!)  すぐに自分中心に考えるのは、僕の悪いところ。自己中心的な考えしかできないから、人を傷つけてしまうんだ。  僕は意識を変えるべく頭を振って悪い考えを追い出すように努力する。  するとその行動に気づいた陽琥さんは、眉を顰めてどうしたんだと聞いてくる。  その表情はすごく訝しげで、僕の突然の奇行に気が振れたのかと思ったのかもしれない。 「な、なんでもな―――、えっと、マイナス思考、追い出してた、みたいな?」  気にしないで! って言いそうになったけど、さっきのやり取りを思い出して僕は言葉を止めて正直に『奇行』の理由を説明する。  心配されないように明るく話すけど、うまく笑えず空笑いになってしまった。当然陽琥さんは僕の強がりに気づいたみたいで、分かるように息を吐かれた。 「そ、な顔しないでよ……」 「ああ、すまない。俺は慰めるのは苦手でな……。やっぱり専門家に任せるのが一番だな」 「『専門家』って? ……! まさか! 陽琥さん、虎君に連絡しないでよ!?」  別に慰めて欲しいわけじゃないからね!?  そう声を荒げたら、陽琥さんは唇に人差し指を立てて静かにするよう言ってくる。  その仕草に、姉さん達はもう眠ってるって思い出して、起こすわけにはいかないと慌てて両手で口を塞いだ。  夜更けに騒いでたら確かに注意されるのは当然。でも―――。 (そうさせたのは陽琥さんだからねっ!!)  陽琥さんが虎君に連絡しようとするから、焦って大声になっちゃっただけだから! 虎君に連絡しようとしてなかったら、僕だって大声を出す事なんてなかったんだから!  高ぶった気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返す僕。  幸いな事に陽琥さんにはちゃんと僕の想いは伝わったみたいで、携帯はローテーブルに置かれたまま。 (よかった……)  虎君に迷惑をかけずに済んだ。って、本当は安心するべきところ。  でも、残念だと思う自分がいることに気づいてしまう。虎君に相談したかったな……って。 (もうヤダ……)  今日ほど自分が嫌だと思った事はないってぐらいに自分が嫌いになりそう。  僕は口から手を離して、膝に頭をくっつけると蹲った。 「……葵、もう部屋に戻った方が良い。そろそろ先輩達が戻ってくる」  自己嫌悪に打ちひしがれていたら、眠れなくても横になるよう言ってくる陽琥さん。もうすぐ父さんと母さんがお風呂から出てくるから急げって。  陽琥さん見かねて声を掛けてくるぐらい落ち込んでる僕に父さんと母さんが心配しないわけがない。  そうなるときっと二人は無理強いはしないにしても陽琥さんよりも強引に僕の『悩み』を聞いてくるだろう。  でも、僕はそれを望んでないし、陽琥さんもそれを分かってるからリビングに居ない方が良いって言ってるんだろうな。  まだ一人になりたくないけど、二人に心配されるよりはマシだから僕は陽琥さんの言葉に小さく頷いた。 「おやすみなさい……」 「ああ、おやすみ」  重い気持ちのままソファを降りる。と、傍に置いておきながらも放置してた携帯の通知ランプが点滅してる事に気が付いた。 (誰だろう……。マナーモードにしてたから全然気づかなかった……)  数時間放置してたし、急ぎの用事だったら大変。  急いで返事をしないと! って部屋に戻るよりも先に携帯を確認する僕。  でも、携帯のロックを解除して思わず声が出てしまった。 「えっ、なんで?」  と。

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