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特別な人 第132話

「っだ……、ヤダっ……、そんな目で僕を見ないで……、そんな顔で僕を見ないでよぉ……」  想像と現実とが区別できないぐらい混乱してしまった僕は、萎縮する身体を抱き締めたまま悲痛な声で『嫌いにならないで』と訴えていた。 「ちょ、葵、落ち着けって! マジでどうしたんだよ!?」 「やだっ、ごめっ、茂斗ごめんっ、言わないから、もう絶対言わないから、だからーーー」  肩に触れた茂斗の手に、僕はすがりつく。『男の人が好き』だと口には出さないから、だから僕を嫌いにならないで。と。  取り乱す僕に茂斗は何度も「落ち着け」っていってくる。でも僕は落ち着くどころかますます自分を見失ってしまって、ただ謝って泣きじゃくった……。  大好きな人達からの拒絶は想像するだけで心が凍りつきそうになって苦しい。  もし今茂斗から本当に拒絶されたら、僕は一体どうなってしまうんだろう? (怖いよ……。怖いよ……、虎君……)  無意識に僕がすがるのは大好きな『お兄ちゃん』。今さっき自覚した僕の性癖はきっと虎君も受け入れてくれないのに……。  自分がどうすればいいか分からず、ただ泣くことしかできない僕。  するとそんな僕に苛立ちを覚えたのか、茂斗はシャワーを手にして泣きじゃくる僕にそれを向けてきた。 「! なっーーーー」 「俺の声、聞こえるか?」  ビックリして僕は一瞬泣き止む。すかさず茂斗は僕に「深呼吸しろ」って凄んできた。  言われるがまま大きく息を吸い込んで吐き出す僕。茂斗はシャワーを放り投げて僕に目線を合わせるようにしゃがむと、「どうしたんだよ?」って突然取り乱した理由を尋ねてきた。  尋ねられた言葉に、肩が震える。恐怖がぶり返して、また息が乱れた。  でも、僕がまた取り乱す前に今度は茂斗が「大丈夫だから」って声をあらげ、約束をくれた。 「何があっても、俺が葵のこと嫌いになるとかありえないから。兄弟でも信じられないって思ってても、俺を信じろ。俺らは普通の兄弟とは違うだろ?」 「し、げと……」 「何にビビってるかは分からないけど、でも、大丈夫だから。何があっても俺はお前の味方だから」  顔を歪め、その言葉を信じていいか尋ねる。どうか頷いてと願いながら。  茂斗はそんな僕に少し辛そうな顔をして笑いかけると、「俺達、生まれる前から一緒にいたんだぞ」って頷いてくれた。  その言葉に、僕はボロボロと涙を溢してまた泣いた。今度はさっきみたいに取り乱して泣いてる訳じゃないから、ちゃんと茂斗の声と言葉は届いてる。 「何がそんなに怖いんだ? 俺、なにかビビらすよと言ったか?」 「違うっ、違うの……。僕が、僕が見た夢、茂斗にバレたら嫌われるって、そう思ったのっ……」  かけられる声は穏やかで、僕は茂斗を信じて言葉を紡ぐ。僕が取り乱したのは、夢を見たせいじゃない。夢の内容そのものなんだ。って。  すると、僕の言葉に茂斗は目を見開いて言葉を失った。僕は双子の片割れのその表情に心臓が痛くなって、茂斗を責めてしまう。嘘つき。って。何があっても味方でいるって言ったくせに。って。 「! ごめっ、ちょっと予想外過ぎて……。嫌いになったとかそういうんじゃなくて、ただその、混乱したって言うか……」  戸惑いを隠せない茂斗。こんな茂斗を見るのは本当に久しぶりで、僕の言葉によっぽど驚いたんだって分かった。分かって、余計に辛くなった。  茂斗が僕を受け入れようと必死に気持ちに折り合いをつけてくれているのが分かる。でもそれは僕の性癖が『普通じゃない』って言われてるみたいだった。  唇を噛み締め、嗚咽を耐える僕。すると茂斗は深く息を吐いて僕の肩を掴んできた。凄く真剣な顔をして。 「不安にさせてごめん。俺は葵のこと、嫌いになったりしてないから安心しろ」  その言葉に嘘は感じ取れない。だから僕は茂斗の言葉を信じることができた。  安堵が顔に出たのか、茂斗の表情も少し和らぐ。そして苦笑混じりに「でもな」って言葉を続けた。 「夢の内容が『真実』ってわけじゃないからな? 夢は深層心理の表れだとか、内に秘めた願望だとか言われるけど、そうじゃないことの方が多いからな?」 「え……?」 「偶々見た夢で無精しただけってこともあるし、な?」  笑顔で僕に言い聞かせる茂斗。僕はその言葉に、茂斗に拒絶されたと感じた。 (それって『男が男を好きになる』のは『勘違い』だってこと……? だから僕が見た夢はただの偶然で気の迷いだって、そう言いたいの……?)  僕が素直に『僕は男の人が好きなんだ』って思ったのは、だから全部『間違い』なんだって言われてる気がした。 (こんなのあんまりだ……。『気持ち悪い』ってはっきり言われた方がまだマシだよ……)  茂斗のくれたこの優しさは、『優しさ』じゃない。毒が塗られたとても鋭利な刃物だ。  言葉のナイフで切りつけられ、できた傷から侵食するのは『同性を好きになった異常者』と侮蔑する毒。  僕は毒が全身に回るのを感じながら、気がつけば「酷い」と呟いていた。

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