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特別な人 第144話

「本当に? 『気持ちが溢れて見てるだけで好きって告白しちゃいそう!』って騒いでたのにまだ告白してないんでしょ?」 「! それはっ! それは、だから、やっぱり雰囲気とかそういうのもあるし……」 「え? 何? 聞こえないんだけど?」  聞こえてないくせになんでニヤニヤ笑ってるの? 絶対聞こえてるよね!?  意地悪な慶史を睨んでみるものの、「ん?」って笑顔で続きを促されるだけで効果はない。 「だから! 雰囲気とか、そういうの考えて頑張って我慢してるのっ!」  声を潜めるのもそこそこに声を荒げる僕。慶史は人差し指を唇に立てて「聞かれてもいいの?」って笑いかけてきた。その笑顔が可愛くて綺麗で、本当、腹が立つ!  僕は馬鹿にしないでって怒るんだけど、よく見たらクラスメイトの何人かがこっちを見ていて、慌てて口を塞いで身体を小さくした。 「あはは。葵、可愛い」  僕の慌てっぷりが楽しいのか、慶史は笑いながら僕の頭を撫でてくる。  クラスメイトの注意が逸れて欲しい僕はその手を受け入れ、でも視線だけで不満を訴えてみた。 「ごめんごめん。……で、雰囲気考えて告白我慢してるのはわかったけど、葵的ベストタイミングはいつって思ってるわけ?」 「……今週末、の、夜」 「『今週末』か……。クリスマス・イブの夜に告白狙ってるとか、葵は見た目通りロマンチストだね」  誰かをこんな風に好きだと思うことなんて今まで一度も無かったから、当然告白なんて初めて。  どうやって想いを伝えればいいか、いつ告白するといいか、そんなノウハウももちろん全くなかったし、この一週間凄く頑張って調べたりしていた。  そこで漸く自分なりに納得できる告白プランを考えたわけだけど、タイミングを言っただけでこんな風にからかわれるなら全部打ち明けたら大笑いされそうだ。 「あ、ごめん! からかってるわけじゃないから怒るのやめて? ね?」 「からかってないなら、面白がってるんでしょ?」 「違うってば! 俺はただ葵があの変態のモノになるのを阻止したいだけだから!」  でもそれが無理かもしれないから、だからせめていつまでに覚悟を決めればいいか知りたいだけ。  そう言ってくる慶史に、僕が見せるのは呆れ顔だ。 「慶史って本当、虎君の事誤解してるよね……」 「『誤解』じゃないし」 「誤解だよ。それに大体告白が上手くいくって前提で話しないでよねっ! 変に期待してダメだった場合、僕立ち直れないよ?」 「え? あれが葵の『告白』を断るって事? ありえないでしょ?」  虎君を好きだと自覚してから僕は毎日虎君の優しさに浮かれて喜んで、でも『家族』としてかもしれないって落ち込んで忙しい。  落ち込む度に茂斗から『大丈夫だ』って励ましてもらって浮上はするものの、期待が大きくなればなるほど落ち込みも大きくなっていってるから、無責任な『大丈夫』は今はあまり聞きたくなかったりする。  自分が落ち込むから悪いってわかってるし、面倒な性格だとも理解してる。毎日毎日、茂斗には本当迷惑かけてると思うから……。 「だーかーらーっ! そういう根拠のないこと言わないでってばっ!」 「根拠ならあるって。約9年間、5歳も年上の男から嫉妬に狂った目を向けられ続けた俺が言うんだから間違いないって!」  もうっ! 期待させないでって言ってるのにっ!!  慶史は「あーあ、あいつが振られてくれたら面白かったのに」なんてすごくガッカリした顔をしてて、僕の言葉を聞く気はないみたいだ。  そういうところは本当、相変わらずな慶史。  僕は拗ね顔を続けるのを諦めて、苦笑を浮かべると慶史を窘めるように呼んだ。 「もう分かった。慶史の勘違いはそのままでいいよ」 「勘違いじゃないし」 「はいはい。そういうことにしておくね」  毎度毎度同じやり取りはしないから。  そんな意図を含めてあしらえば、慶史は肩を竦ませて話題を変えてきた。これ以上はからかっても無駄だと判断したみたい。 「クリスマスと言えば、今週末に悠栖達とするクリスマスパーティーなんだけど、ちょっとでいいから参加できない? テレビ電話でもいいから」 「テレビ電話でいいなら参加したいけど、でも、夜はちょっとわかんない……」 「ああ、そっか。告白するんだったね。……結果報告兼ねてくれてもいいよ?」  タイミングが合えばって言おうとしたら、慶史は断られる前に提案してくる。告白した後ならいいでしょ? って。 (確かに告白した後なら緊張って意味じゃ楽になってるだろうけど、でも……) 「返事しだいじゃパーティーに水差すことになるよ?」  むしろ水差す可能性の方が高いよ?  クリスマスパーティーで楽しんでいるところにテレビ電話で失恋話なんて聞かされたら、どれだけ盛り上がっていてもお通夜モードになってしまう気がする。  慶史と朋喜はまだしも、悠栖がその雰囲気に耐えられるか心配だ。 「何の心配してるんだか」  僕の言葉に呆れる慶史。絶対にそんなことありえないって言いたげなその表情に、僕は折角終わったと思ったやり取りを自分からまた再開させてしまうことになったと反省する。  でも、慶史から返ってくるのは僕の心配とはちょっと違う言葉だった。

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