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特別な人 第148話

 朋喜の好きな人は、もう結婚が決まってる。だからもう朋喜の想いが報われる可能性は限りなくゼロに近い。  その事実は、朋喜も分かってると思う。でも、分かっていても、望みはないと知っていても―――。 「だってまだこんなに好きなんだもん。思い出にはまだできないよ」  『好きになってよかった』なんて思えない。この恋は、まだ終わってはいないのだから……。  笑った朋喜から零れたのは、一筋の涙。  僕も悠栖も何も言えなくてただ黙ってそれを見ていることしかできなかった。  唯一、慶史だけが傷ついた朋喜に手を差し伸べる。伸ばされたその手にはハンカチが握られていて……。 「使ってないから、一応綺麗だと思う」 「! あはは。慶史君、顔真っ赤だよ?」 「仕方ないでしょ。こういうの慣れてないんだし」  泣き笑いの朋喜は、慶史の優しさを受け取ると小さな声で「ありがとう」って呟いてそのハンカチを目頭に押し当てた。  くすくすと笑ったままの口元。でも、その桜色の唇から笑みが消え、きゅっと一文字に結ばれ、そして嗚咽のような声が漏れた。しんどい。と。 「俺は誰かを好きになったことが無いから今の朋喜の辛さは分からないけど、でも、話を聞くことはできるから一人で我慢なんてしないでよ? ね? 悠栖」 「! お、おう! 一人でいると碌な事考えねぇし、今日は俺の部屋泊まれよ!」  騒いで忘れようぜ! って声を張る悠栖に、「煩い」って頭を叩く慶史。当然悠栖からは叩かれたことへの不満を口にする。  いつもなら理不尽な暴力だと思うところだけど、二人のそのやり取りに朋喜が笑ってくれたから、僕は二人の喧嘩を苦笑いを浮かべて宥めるだけに留めておいた。 「……葵」 「! なに?」  三人の事を心在らずで眺めていたら、突然呼ばれる名前。  びっくりしながらも僕を呼んだ慶史に視線を向けたら、神妙な表情とぶつかった。  その瞬間、僕は『しまった』って思った。聡明な慶史には全てバレたと思ったから。 「今何考えた?」 「えっ……? べ、つに……何も、考えてないよ……?」  ジッと僕を見据える慶史の眼差しが、怖い。  僕は思わず視線を逸らし、空笑いを浮かべて無意識に誤魔化そうとした。 「葵って本当、嘘吐くの下手だよね」 「! う、嘘じゃないよ」 「はいはい。嘘に嘘を重ねなーい。……どうせ朋喜と自分がダブったんでしょ?」  こっち向く。って無理矢理自分の方へと向き直らせる慶史。僕はその言葉に分かりやすく身体を震わせてしまった。  当然、その場にいた朋喜と悠栖は訳が分からないって顔をしてて、説明を求めるような眼差しを向けてきた。  二人には僕の『想い』をまだ言ってない。でもこの状況では僕の『想い』を隠して説明することは不可能に近くて……。 「慶史、何? マモも失恋したのか? てか、マモにも好きな奴いたの!?」  聞いてない! 知らない!  そう騒ぐのは、悠栖。 「そうなの……? 葵君も……?」  こんな辛い思いをしたの?  そう僕の心配をするのは、朋喜。  僕と慶史を交互に見てくる二人に、僕は慶史を思わず睨んでしまった。なんで言っちゃったの? って。 「そんな目で見ないでよ。……このまま帰ったら、どうせ一人で悶々として落ち込むでしょ? 葵は思い込みが激しすぎるから一回落ち込んだら浮上するのに何カ月かかるか分からないでしょ?」  明日から冬休みに入るし、落ち込んだ葵を誰が浮上させるの?  ため息交じりで自分もできるなら『秘密』を守りたかったと言う慶史は、僕が落ち込むのを見過ごすか、いずれ『秘密』を打ち明けるだろう二人の前で落ち込むのを阻止するか、一応悩んだらしい。  でも、慶史が言った通り僕は思い込みが激しくて一度落ち込むと結構ズルズル引き摺るタイプだから、落ち込む前に対処しようと話を切り出したということだ。  僕もそんな自分の性格を知っているだけに、怒ることはできなくて……。 「ごめん……」  結局何故か僕が謝る事になってしまった。 「『ごめん』はいいから。……朋喜の話に葵が落ち込むのは分かるけど、そもそも葵はまだスタート地点目指してる身分で朋喜とは全然違うからね?」 「うっ……。はい……」  ちゃんと告白して好きになってもらえるように努力していた朋喜と自分をダブらせるなって指さしてくる慶史の言葉はキツイ。  でも、正論すぎて何も言い返せない。 「あと、朋喜の話に怖くなって『やっぱり告白しない』とか言い出さないでよ?」 「! はい……」  ああ、僕の考えることなんて、慶史には全部お見通しみたい。  朋喜の話を聞いて、虎君に『想い』が届かない未来を想像してしまった僕はちょっとだけ、……ううん、だいぶん『やっぱり告白はしないでおこう』って思ってた。  『どうしても想いを伝えたい!』ってちょっと前まで騒いでたくせに、短絡的な考えのまま想像力だけを働かせて現状維持を考えた自分が少しだけ恥ずかしかった……。

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