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特別な人 第162話

 どうして虎君はあんな悲しそうな顔をして笑ったんだろう?  僕は虎君を傷つけてしまったんだろうか?  ぐるぐると頭の中で回る疑問。口に出して聞けば済む話だと分かっているのに、何故かはぐらかされる気がしてどうしても聞くことができない。  僕は分からないなりに必死に考えるんだけど、でもやっぱり分からないものはどれだけ考えても分からなくて……。 (慶史みたいに人の気持ちに敏感だったら分かるのかな……。……あ! 慶史に聞けばいいんだ!)  自分の愚鈍さに落ち込みそうになったけど、解決策はまだあった。僕は、人の心の機微に敏感な慶史ならさっきのやり取りの何がダメだったか教えてくれるはず! って期待を込めて後ろを振り返った。  すると、目を閉ざして寝てる振りをしていると思っていた慶史は何故かしっかり起きていて、携帯を片手に何やらポチポチと文字を入力しているようだった。  急ぎの用かもしれないと思いながらも、でも『ちょっとでいいからこっちを向いて!』って念を込めて熱視線を送る僕。  いつもならすぐに視線に気づいてくれる慶史は、携帯のディスプレイに視線を落としたまま全然気づいてくれない。  とりあえず慶史が文字の入力を終えるまで待っていれば、慶史が送信ボタンを押したであろうタイミングで車内に鳴り響くのはメッセージアプリの着信音が三つ。 (? もしかして、慶史?)  いや、もしかしなくてもタイミング的にそうとしか思えない。そして着信音が三つ鳴ったから、きっとグループチャットへ何か書き込んだんだろう。  朋喜と悠栖はメッセージを確認するために携帯を取り出していて、僕も二人に少し遅れながらもポケットに手を伸ばした。 「ぷっ……、ちょっと慶史君っ!」  メッセージアプリの起動を待っていれば、おそらく一足先にメッセージを確認したであろう朋喜の笑いを堪えた声が聞こえる。振り向けば肩を震わせて必死に笑いそうになるのを我慢している朋喜が目に入って、慶史はいったい何を送ったんだと起動中を示すマークがクルクル回っている携帯のディスプレイに齧りついてしまう。  ようやく起動したメッセージアプリ。グループチャットを開こうとしたら、朋喜と同じく笑いを堪えきれなかった悠栖の変な声が聞こえてきて、ますます気になる。  慶史が送ったメッセージはいったいどんな内容なのか。よっぽど面白い内容なんだろうなってちょっとだけワクワクしながらグループチャットを開いたら、そこに書かれていた文字に僕は目が丸くなってしまった。 『ド天然葵の失言に先輩が泣いちゃわないかドキドキする』  そんなメッセージの後には、期待に目を輝かせる可愛らしい猫のスタンプが。  何これ? って思うものの、すぐにさっきの僕と虎君のやり取りのことだって分かって慶史を振り返ってしまう。  すると、さっきとはうって変わって僕を見る慶史は、携帯を手にしたままニヤリと笑って見せた。葵の失言になんてすぐに気づいたよ? って言いたげに。  色々言いたいことはもちろんあったけど、でも、まずは『失言』の内容が知りたかった。 (『僕の失言って、何?』っと……)  直接聞きたかったけど、隣には虎君がいるし、面倒だけどチャットに質問を投げ掛ける。すると今度は悠栖がメッセージを送ってきて……。 『気づいてないのかよ!?』  そんなメッセージの後に『ビビるわー』なんて台詞がついたキャラクタースタンプが送信されてきた。 (え? 悠栖にも分かるぐらいなの!?)  我ながら失礼な思考だと思うけど、でも、悠栖は僕と同じぐらい鈍感だって慶史も朋喜も言ってたし、絶対僕の失言に気づいてるわけがないって思ってた。  けど悠栖は『俺が先輩の立場なら立ち直れねぇ』なんてメッセージを続けてきて、僕の不安を煽りに煽ってくれる。  状況を楽しんでいる慶史と、偶に空気が全く読めなくなる悠栖には聞いても答えが返ってこないだろうと判断した僕は、訴えかけるように朋喜を振り返る。  すると朋喜は困ったように笑って携帯に文字を入力し始めた。 『さっきの葵君の言葉、お兄さんからしたら牽制に思えるよ』 (『牽制』? 何が?)  僕は意味が分からなくて、はてなマークを頭に浮かべて首を傾げるハムスターのイラストスタンプを送信する。  僕が理解していないってことはスタンプを受けとる前から分かっていたようで、朋喜からは分かりやすいたとえ話が返ってきた。 『お兄さんから「弟として大好きだよ」って言い切られた後に、葵君、好きって告白できる?』 「!!」  そのメッセージに、僕はすごい勢いで振り返ってしまう。  朋喜は苦笑いを浮かべ、肩をすくませてみせた。『そういうことだよ』って言いたげに。  僕は前を向き直ると、もう一度携帯に視線を落とす。そこでは慶史達が会話を続けていたけど、僕はそれに加わることなくメッセージが流れて行くのをただ見ているだけ。 『バラすのが早いよ』 『お兄さんが嫌いだからってそんな風に煽ってたら、いつか葵君に嫌われちゃうよ?』 『しかし先輩、あからさまに凹んでるな。まぁ気持ちは痛いほど分かるけど』 『しおらしくなって丁度いいよ』 『オイ!』 『慶史君!』  僕の応援をしたくない慶史の悪態は相変わらずで、虎君への印象はともかく全力で僕を応援してくれる朋喜と、虎君に同調している悠栖はこの場では口に出せない話題で盛り上がっていく。  それを眺めながら、僕は落ち着くことなくドキドキしてる心臓に触れようと胸に手を当て深呼吸を繰り返す。 (ダメだ……。どうしても期待しちゃう……)  虎君を好きになってから日に日に強くなっていった願望。でもこの願いは叶うことは無いって望む度に自分に言い聞かせてきた。  でもあの日、みんなに想いを打ち明けた時、慶史達が僕の想いは必ず届くと背中を押したから、望んじゃダメだとストップをかける理性が弱くなってしまった。  それでも傷つくのが怖い僕は、望まない結果のイメージを完全に拭い去ることが出来なくて、期待したいけど期待したくないと抗い続けてきた。  それなのに……。 (ねぇ、虎君。虎君も僕のこと、好きでいてくれるの……?)  どんなにストップをかけても、期待に胸が高鳴るのを止められない。  今の僕は、ブレーキが壊れた乗り物のようだった……。

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