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特別な人 第203話

 慶史の指示に悠栖は文句を言わず申請書を貰ってくると言って部屋を出て行く。  悠栖を見送った後、「申請書は僕が書くから、根回し頑張ってね」と朋喜は慶史の肩に手を乗せる。 「ね、『根回し』って……?」 「ずっと寮にいるってことは、ずっと家に帰らないってことになるでしょ? ちゃんと手を回しておかないと葵君のお家の人達、すごく心配しちゃうよ?」 「流石腹黒姫! よくわかってるね!」 「慶史君……」  言われるまで全然気づかなかった。  家に帰りたくないって想いが強すぎて、僕は皆がどれほど心配するかまで気が回っていなかった。  朋喜が言った通り、このまま家に帰らず寮に留まれば、異変を察知しながら静観してくれていた母さんも黙ってはいないだろう。  最悪、僕を連れ戻しに家族総出で寮に押しかけて来るかもしれない。  もしそんなことになったら、僕は嫌でも洗いざらいすべてを口にしなくてはならなくなる。  幸せいっぱいな皆を前に、失恋を告げなければならなくなる。 (そんなの惨めすぎる……)  どう転んでも憐れな末路しか想像できなくて、僕は顔を青ざめさせる。  でも慶史と朋喜はそんな僕のことなんてお構いなしで言い合いを続けていて……。 「外面が良いのは慶史君だって一緒でしょ?」 「えぇ? 俺は人間が持ってる最低限のマナーレベルじゃない? 朋喜みたいに人心掌握できるほどじゃないし」 「ちょっと! さっき幼馴染君から受けたストレスを僕で発散しないでよね! 今の慶史君、物凄く感じ悪いから!!」  ほら! 葵君もドン引きしてるよ!?  そう言って僕を指指してくる朋喜。慶史もそれにちょっと慌てたように振り返ってきたんだけど、僕はそれどころじゃない。  二人の言い合いは聞こえているんだけど、違うことを考えていたせいで状況がよくわからなくて、頼りない声で二人を見上げることになる。  すると何を勘違いしたのか、慶史は「違うからね!?」って物凄く慌てて僕に詰め寄ってきた。 「確かに茂斗には若干、いやかなりムカついてるけど、今のコレは本当に朋喜の性格の悪さに感動したからであって―――」 「! ちょっと! 僕のことバカにしてるの!?」 「煩い朋喜! ってか話聞こうよ! 感動したって言ってるだろ!?」 「そんな感動要らないし!!」  ある意味尊敬だよ、尊敬。  真顔で言い切る慶史に朋喜は普段のほわほわした雰囲気から一転、顔は笑顔なのに恐怖を覚える威圧感でその胸倉を掴むと「あんまり舐めた真似されると僕も笑顔じゃいられないからね?」と凄んでいた。 「怖い怖い。朋喜、顔怖い」 「慶史君?」 「ごめんなさい。ふざけ過ぎました」  背後に『他に言うことあるよね?』って文字が見えた気がした直後、慶史は両手を上げて降参ポーズを見せる。 「ったく。人のこととやかく言える性格じゃない癖に……」 「聞こえてますよー朋喜さーん」  とりあえずの謝罪の言葉に納得したのか、朋喜は慶史を解放すると僕に向き直って「いい? 葵君」と真面目なトーンで今僕がするべきことを伝えてきた。 「慶史君は『好きなだけ此処に居て良い』って簡単に言ってるけど、冬休みの間はそれが通っても三学期が始まったら今は帰省している寮生も戻って来るし、寮生じゃない葵君がずっと此処にいることは正直難しいってことは分かるよね?」 「う、うん……。分かる……」 「でも葵はクライストの生徒なんだし、多少は大目に―――」 「甘いよ、慶史君。葵君は数少ない自宅通学生徒なんだよ? 親の承諾書もなしに長期滞在できるわけないでしょ?」  何とかなると言いたげな慶史に朋喜は「詰めが甘い!」って怒り出す。 「そんなんじゃ葵君のこと守ってあげられないよ!?」 「べ、別に守ろうなんて思ってないし! てか、葵はそんなに弱くないし!!」 「屁理屈言わないの!」  プイッと顔を背ける慶史を無理矢理自分の方に向き直らせる朋喜は、今の僕に必要なのは冷静に考える時間だと言って、そのために精一杯手助けするのが友達である自分達の役目だと言い聞かせた。 「考えている途中で無理矢理渦中に戻されたらそれこそ纏まる考えも纏まらないし、正解だって遠ざかる。だから、僕達は葵君がちゃんと自分で考えて答えを出せるまで寮に居られるようにしてあげないとダメなの!!」 「うっ……、分かったよ……。ちゃんと根回しするよ……」 「それでよし!」  不本意そうな慶史の顔。でも朋喜はその言葉に納得したのか、慶史を解放すると僕にもう一度向き直って『根回し』方法を指示してきた。 「葵君。ちょっと辛いかもしれないけど、お父さんとお母さんに暫く寮で生活するって連絡入れよう? 詳しいことは話さなくていいから、今は家にいるのが辛いって、ちゃんと。ね?」 「わかった……」  朋喜の言ってることは尤もだ。  僕も、今のこの気持ちのまま家に連れも出されたくないから、朋喜のアドバイスを素直に聞き入れ頷いた。

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