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特別な人 第208話
「藤原! オイ、藤原!!」
「! 何っ?」
突然部屋に鳴り響くのは、ドアを激しく叩く音。
ノックと呼ぶにはあまりにも乱暴なそれに、僕は思わず身を竦ませてしまう。
慶史はそんな僕に「大丈夫だよ」って苦笑しながらベッドを降りて、今もなお殴打されているドアへと向かって歩いた。
「ふーじーわーらー! 聞こえてるなら返事しろーっ!」
「はいはいはい! 聞こえてます聞こえてます! ドア開けるから叩くのやめてくださーい!」
そんな叩かれてたらドアを開けられないと声を張り上げる慶史に、漸くドアを殴打する音が止んだ。
そして、慶史はドアの向こうにいるだろう寮父さんに注意を促してドアを開けたみたいなんだけど、注意してからドアを開くまでの間が足りなかったのか、入り口から「いてぇ!」って悲鳴のような声が聞こえた。
「おまっ、いきなり開けんなよ!」
「いや、俺言いましたよね? 反射神経鈍いのは俺のせいじゃないと思うんですけど?」
「はぁ!? 現役サッカー選手捕まえて反射神経が鈍いだぁ!?」
寮父さんの怒ってる声に僕もベッドを降りて入り口の様子を窺うように顔を覗かせる。
額を擦っていた寮父さんは「俺の反射神経がどれほどか見せてやろうか!?」って慶史に絡みだすんだけど、慶史はそれを煩そうにあしらって、用事は何かと話を進めた。
すると寮父さんは思い出したと言わんばかりにハッとした顔をして見せて、「三谷は?」と慶史を押し退けて部屋の奥を伺ってくる。
「! 居た居た! オイ、三谷!」
「ちょっと! 勝手に人の部屋入らないでくださいよ! 新米寮父が図々しい!」
ずかずかと部屋に入ってくる寮父さん。僕はその勢いに怯えて逃げるようにベッドの隅に戻ってしまう。
慶史は僕を気遣ってか、それともプライベートの空間に他人が入り込んできたことが嫌なのか、寮父さん相手なのにその腕を掴んで「出てけよ!」と敬語を忘れて怒っていた。
「何で逃げるんだよ? てか、何してんだ? 藤原」
「あんた不法侵入で訴えるぞっ!」
部屋の中央まで入り込んできた寮父さんは、僕の様子にきょとんとした顔をしてる。
それどころか、怒り狂う寸前の慶史が腕を引っ張っていることにも不思議そうな顔をしていて何に怒っているのか分からないって感じだった。
「不法侵入って、俺は寮父で寮の部屋には自由に出入りしていい立場だからな?」
「んなことわかってるっ!」
「! いって。殴んなよ」
きっと今のは慶史の渾身の一撃。でも、寮父さんはそれを背中に受けながらも大して痛そうじゃない。
むしろ殴った慶史の方が拳を痛めたのか顔を歪めていて、寮父さんは馬鹿だなと楽しげに笑ってる。
「さっきみたいな不意打ちじゃない限りお前のへなちょこパンチなんて蚊ほども効かねぇーよ」
「うっざ! 脳筋マジうっざ!!」
「なんだ? 羨ましいのか? お前ひょろっひょろだもんな」
全身の毛を逆立てて怒りを露わにしてる慶史の頭をポンポンと叩いて豪快に笑う寮父さん。
一体この人は何をしに来たのか……。
そんな疑問を僕が持った時、僕の心を代弁するかのように慶史が「用事は何だって聞いてるんですけど!? この鳥頭!!」って寮父さんに詰め寄った。
どうやら寮父さんはこの短時間でまた用件を忘れていたみたいで、そうだそうだ! って僕を振り返って部屋を訪れた理由を口にした。
「客が来てるぞ」
「え……? 『客』……?」
「そう。客。デカいカバン持ってたし、着替えとか持ってくるようにお前が呼んだんだろ?」
心当たりあるだろう? って尋ねてくる寮父さんに、僕は双子の片割れを思い出す。
クライストに着いたら連絡が入ると思っていたからちょっと驚いたけど、携帯の電源を切っているのは僕だからこうやって直接寮に来られたことはまぁ仕方ないかと思い直す。
「あ、はい。それ、双子の兄です。着替えとか長期滞在の承諾書とか持ってきてくれたんです」
恐怖も和らいで隅っこから身を乗り出して答える僕に、寮父さんは「双子の兄貴って、マジか!」って驚いた声を上げる。
(あ、この反応、久しぶりだ)
僕を凝視して物凄く驚いた顔する寮父さんの言いたいことは分かる。だって僕と茂斗は双子なのに全然似てないから。
双子ってことはもちろん、兄弟ってことすら信じてもらえないレベルで顔のつくりも身体のつくりも全然違う僕と茂斗。
片や大人の男の人と間違われることもある美男子。片やパッとしない冴えない子供。
僕が寮父さんの立場でも同じ反応を見せると思う。
でも、最近僕達が双子だって知らない人に出会ってなかったから、分かっていても複雑な心中にはなってしまう。
「マジかぁ……。なんつーか、全然似てないんだな」
「はは。よく言われます」
「いや、マジで驚いた。兄貴はめちゃくちゃ発育いいんだな」
寮生でもあそこまで育ってる奴はいないぞ。って目を瞬かせている寮父さんに悪気はないんだろうけど、ちょっぴり傷ついてしまうのは仕方ない。
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