245 / 551

My Everlasting Dear... 第10話

「瑛大はバスケの見学だろ? 虎、寝惚けてんの?」  ああ、そうだ。今日は従弟は最近スカウトしてきたクラブチームの体験に行く日だった。  立ち尽くす虎に、らしくないと笑う茂斗。早く幼稚舎にもう一人の幼馴染みの三澤凪を迎えに行こうと言ってくる茂斗に、虎は自分が何と返事をしたか分からなかった。 「―――ら、おい、虎! どうした? 大丈夫か?」  突然目の前に現れたのは海音の顔。虎は状況が理解できず、「え……?」と顔を上げた。すると自分の目の前にいたはずの茂斗は既に幼稚舎へ向かって歩いていて、海音の妹の芹那と手を繋いだ桔梗も自分を振り返って訝しそうに此方を見ていた。 「あ……、悪い、ちょっとボーッとしてた」 「いや、ちょっとじゃねーから」  空返事しか返ってこないし、今も俺が呼びに来るまで突っ立ったままだし、全然大丈夫じゃないからな?  暗に誤魔化すなと言ってくる海音に、虎は笑ってしまう。自分自身に。 (全然ダメだ……) 「……桔梗! わりぃ! 先行っててくれ! こいつなんか調子悪そうだ!」 「えぇ? 大丈夫なの?」 「大丈夫大丈夫。やばそうならタクシー捕まえて押し込んどくから! それより凪の迎え頼んだ!」 「分かった。凪ちゃんは任せて! 海音君は虎のことお願いね!」 「サンキュー! 凪に謝っといてくれよ!」  心配する桔梗が戻ってこないように先手を打つと、海音は幼稚舎に向かう三人を見送り虎に向き直った。 「何やってんだよ、お前」 「悪い……」  呆れたと言わんばかりの声に、虎が返すのは謝罪。その素直な返答に海音は頭を抱えると深いため息を吐いた。  きっと虎の想いを知らなければ、虎がこうなった理由なんて検討もつかなかっただろう。だが海音は虎の想いを知ってしまったから、虎がこんな風に呆然と立ち尽くす原因が何かも分かってしまった。  分かってしまったからには放っておくわけにはいかない。  海音は酷だと知りながらも虎に現実を突きつけた。 「これからどんどんこういうこと増えるぞ」  学校帰りに友達と遊ぶとか、休みの日に出掛けるとか、そんな当然のことがこれから毎日起こってくる。葵の世界は日々広がって、いずれは自分達の元から羽ばたいて行く。  淡々とした口調で未来を話す海音に、虎は「わかってる!」と声を荒げ、その言葉を遮った。  聞きたくないと顔を背ける虎。だが海音は「聞け!」と虎の頭を掴んで顔を自分の方へと無理矢理向き直らせた。 「これはお前が決めたことだ。お前が選んだことなんだよ!」  海音は捲し立てながらも目の前の親友の表情に心臓が痛んだ。虎のこんな辛そうな顔は今まで一度も見たことがなかったから……。 「お前、言ったよな? 『葵が幸せならそれでいい』って。『兄貴として傍にいる』って」 「っ――、だまれっ……」 「一体それの何処が『兄貴』の面だよ? たかだか『弟』が友達と遊びに行ったぐらいで死にそうな面して、何が『幸せ』なんだよ!?」 「! 黙れって言ってるだろうがっ!」  語気を強く捲し立てる海音の頬に虎の拳が綺麗に入った。  海音は衝撃によろけながらも足を踏ん張って立つと、血の味が広がる口内に歯をくいしばって虎の胸ぐらを掴んだ。 「お前の愛は『無償の愛』なんて綺麗なもんじゃねーんだよ、虎。お前は聖人になんてなれねぇーんだよ!!」 「それ以上喋ったら殺すぞ」  怒りに全身が総毛立ち、感情が抑えられない。  海音は何も間違ったことは言っていないと分かっているのに、それを受け入れることができない。  虎は心を乱したまま海音の胸ぐらを掴むと「口出しするな!」っと親友を拒絶した。 (そんなこと言われなくても分かってる。俺は『俺』を騙してるってことぐらいお前に改めて言われなくたって分かってんだよっ!)  葵の幸せをただ願い、『兄』として葵の傍にいて守り続けられたら自分は満足だ。  そうやって何度も何度も自分に言い聞かせ、心と身体を偽り続けてきた。そう。何年も何年も、ずっと。やがて繰り返された『偽り』は心に、身体に馴染み、『真実』となっていた。なっていたはずだった……。  だが、葵が今自分の傍ではなく他者の傍で笑っていると知った瞬間、長い年月をかけて作り上げた虚構はいとも簡単に崩れてしまった。  『見返りを求めない愛』という『理想』の下には醜い嫉妬と穢れた欲望が渦巻いていて、それらは崩れ去った『偽り』の檻の中から吹き出し、瞬く間に全身を駆け巡ると心を侵食した。  相手はただの『友人』。それなのに、この醜い感情は歯止めを失い暴走しかけている。もしこれが『恋人』だったら、自分は正気を保つことなどできはしないだろう。 (いやだ……。俺は、葵を傷つけたくない……)  何故自分は葵の幸せだけを望めないのだろう?  何故自分は葵が欲しいと望んでしまうのだろう……?  虎は己に絶望した。もう自分を偽ることができない。と。 「なぁ、虎。俺は男を好きになったことはないし、男同士がどれだけ大変かとかも正直あんまりわかってねぇーんだけどさ、今のお前見てたらお前の『選択』が正しいとは思えねぇーよ」  胸ぐらを掴んでいた虎の手から力が抜けたと感じた海音は虎の手に自らの手を重ねて握りしめると、親友に尋ねた。諦める以外の選択肢はねぇーの? と。 「! 何言って――――」 「確かに葵はまだガキだし今はまだなんも知らないだろうけど、でも葵だってずっとガキのままじゃねぇーんだよ? 葵だってこれから成長していろんな奴と出会って、いろんな世界に触れて、そんで誰かを好きになる」 「そんなこと分かってる」 「うん。分かってるよな。……でもさ、なんでその相手になってやろうって思わねぇの?」 「えっ……?」  考えたくない未来の話をするなと耳を塞ぎたかったが、片手を掴まれていたせいで声は遮れない。  苦痛に満ちた表情で海音の言葉を聞いていた虎だったが、穏やかな声で尋ねてくる海音の言葉に驚かされた。  海音は鳩が豆鉄砲を食らったような虎の顔に笑いながらも、「別にいいじゃん」と破顔した。 「お前、葵しか好きになれねぇーんだろ? だったらさ、我慢しなくていいじゃん。『よそ見なんて絶対しない。葵だけを愛してる』って押しまくって葵を惚れさせたらいいじゃん。それしかお前は幸せになれねぇーんだからさ」 「なに、言って……。だから、俺がそんなこと言ったら葵が――――」 「確かに『好きだ』って言ったら、葵の選択肢を潰すだろうな」 「! お前、何が言いたいんだよっ」 「別に好きになってもらう方法は言葉だけじゃないだろ?」  意味が分からないと言いたげな虎だが、海音が勝ち誇った顔で提示したアプローチの方法に目から鱗が零れた気がした。  想いを告げてしまえば葵はその想いに応えようと他の選択肢を消してしまう。  それを虎が望んでいないことは海音も分かっている。でも、だから自らの想いを殺すという虎の結論はあまりにも短絡的だと思ったから、新たな道を親友に見せた。葵が自ら選んでお前を愛したなら文句がないだろう? と。 「でも、それは卑怯だろ……。好きになってもらうよう誘導するようなもんだぞ……」 「それの何が悪いんだよ? 好きな人に好きになってもらいたいって努力するのって悪いことか?」  一歩を踏み出さない虎に、海音は「難しく考えすぎなんだよ」と苦笑い。

ともだちにシェアしよう!