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My Everlasting Dear... 第12話
「まさか虎がそんな風に考えてたなんて思いもしなかったんだもの。あの結城の子供なのに虎はしっかりしてて偉いわね」
「きっと絃凉に似たんだろうな。相手の事を一番に考えるところとかそっくりじゃないか?」
「確かに! 結城もそんな絃凉さんだから信じてるって惚気てたもんね」
第二の両親は自分の実の両親を思い出して笑っていて、その楽しそうな声を聞きながら虎はある可能性に辿り着いた。
(俺は葵に愛されたいって望んでもいいのか……?)
いや、でも、信じられない。自分の想いは『普通』とは違うのだから。
期待する心に『ダメだ』とストップをかけるも、堰き止められない望みにどうしても希望を見出してしまう。
虎はこの浅ましい思考を止めて欲しいと二人に尋ねた。どうして受け入れてくれるのか。何故この想いを否定しないのか。
「んー。私達には虎の気持ちが『普通』だから、かな?」
「! な、ちが、これは『普通』じゃ―――」
「大事な人を大事だと思う気持ちが『普通』じゃないって言うなら、それは世の中の方が『おかしい』だろ。どう考えても」
否定してくれないと困ると訴えるも、第二の両親はその言葉を否定してくれる。何度でも言うよと笑って。
「言ったでしょ? 人が人を好きになる気持ちに『間違い』なんてないんだから、もっと自信持ちなさい。ね?」
「そうだぞ。俺達はお前以上に葵を大切にしてる奴はいないって思ってるんだし、くだらない事に悩んでる暇があるなら葵を振り向かせる努力でもしてろ」
不敵に笑う第二の父は、お前以上に葵を大事にする奴が出てきたら何があっても葵はやらないぞ。なんて言ってくる。
そんなことを言われたら、虎が返せる言葉はたった一つだろうに。
「俺以上に葵を大事にできる奴なんて何処にも居ません!!」
「それでいいんだよ。グダグダ悩むのは葵に惚れられてからにしろ」
「! はいっ!」
感極まって泣きそうになったが、自分は『男』だからと必死に涙を堪えた。
でも第二の両親にはそのやせ我慢もお見通しなのか、まだまだ子どもだと笑われてしまった。
まさか二人に受け入れてもらえると思わなかったから、虎は自分の想いが許された気がしてもう怖いものはないとさえ思った。明日から自分は『一人の男』として葵の傍にいることができるのだと、喜びに胸が満ちた。
しかし、頭の片隅で冷静な自分が『こんな幸福は長続きしない』と警鐘を鳴らす。浮かれていたら足元をすくわれるぞ。と。
そしてそんな自分の警告はすぐに現実となって現れた。
「何話してるの……?」
「! 桔梗っ」
リビングに響いたのは夢の中にいるはずの桔梗の声。その声に驚いたのは虎だけではなかった。両親ですら娘が今此処にいるのは想定外だったようで、二人は娘の形相に「落ち着いて」と声を掛けていた。
だが、母の声が引き金になったのか、桔梗は『信じられない』と嫌悪を露わにし、後退る。
「何、虎って葵のこと、そんな風に見てたの……? 『大事な弟だ』って言ってたくせに、ずっと嘘ついてたの……!?」
「桔梗、落ち着いて。ちゃんと説明す―――」
「ママには聞いてない! 私は虎に聞いてるのっ!」
娘を宥める為に掛けた母の声は、彼女の怒りを増幅させた。
桔梗は虎を睨みつけると、「何とか言いなさいよっ!」と声を荒げた。
「……ごめん」
「! な、んでよっ、なんで言い訳しないのよっ!!」
どうして今の話は嘘だって言わないの!? 葵は大事な弟だよってなんで訂正しないの!?
美しい顔を歪め怒鳴る桔梗。しかしその声がまるで身を割かれたように痛々しい悲鳴のように虎には聞こえた。
(ごめん、桔梗)
今此処で自分が桔梗の望む言葉を口にすれば、きっと彼女はその言葉を信じて怒りを治めるだろう。でも、そうだと分かっていても、今の虎は自分を『偽る』言葉を口にすることができなかった。
「今聞いたことは全部本当の話だからだよ」
「! 信じ、られないっ……」
真っ直ぐ桔梗を見つめ、これが自分の本心だと告げる。
自分を受け入れてくれた優しい人達は心配そうに此方を見ていて、虎は彼らに自分は大丈夫だと伝えるように力なくではあるが笑ってみせた。
「なんでよっ、なんで、私、なんでっ……」
桔梗は酷く混乱していて、何度も『どうして』と呟き、必死に自分を保とうとしているようだった。虎も両親も何も言わず、桔梗が落ち着くのをただ黙って見守る事しかできない。
そんな中、虎の耳に届くのは「信じてたのに」という桔梗の心。自分は虎を信じて頼っていたのにと零れる言葉に、虎は自分の『想い』ではなく『嘘』が桔梗を傷つけたのだと理解した。
「桔梗、黙ってて悪かった。……どうしても、言えなかったんだ……」
許してくれとは言わない。でも、『言わなかった』わけじゃない。『言えなかった』んだ。
そう言って頭を下げる虎。桔梗は目の前で自分に謝る虎の姿に、『信じられない』と悲痛な面持ちで虎を傷つける言葉を口にした。
「それはっ、――それは、自分が『異常』だって分かってたからでしょっ!?」
この叫びは弾みで出てしまった言葉で、桔梗の本心ではなかった。しかし一度口から出てしまった言葉は取り消すことができず、桔梗は自分を見つめる悲し気な虎の眼差しに一番言ってはいけない言葉で虎を傷つけてしまったと理解した。
桔梗は震える唇で今の言葉を取り消そうと謝罪の言葉を探す。でも、何故か喉奥にそれはつっかえて口にすることができなかった……。
桔梗の言葉に口を噤み俯く虎と、衝動を抑えることができなかった自分に困惑する桔梗。そして次の瞬間、静まり返ったリビングに頬を打つ音が響いた。
「ママ……」
「貴女はいつから人を批判できるほど偉くなったの? 誰かを想う気持ちを心無い言葉で傷つけるほど貴女は立派なの?」
痛みを覚える頬に触れ呆然と目の前に立つ母を呼べば、母は今まで見たことのない険しい表情で自分を見つめていた。
母の目に宿るのは失望と落胆で、桔梗は大好きな母の叱咤にボロボロと涙を零して「どうして……」と声を絞り出した。
「なんで、ママ、私、違うのにっ、虎が私に、嘘、私、なんでっ」
泣き崩れる桔梗に、虎は思わず駆け寄ろうとした。でも、それを止めるのは第二の父で……。
「……桔梗、突然のことで貴女が混乱してる事も傷ついてる事も私達は分かってる。でもね、傷ついたから相手を傷つけていい道理にはならないの。それは分かってるわね……?」
赤ちゃんのように泣きじゃくる桔梗に母は身を屈めて視線を合わせる。声を上げて泣きじゃくる桔梗は母の言葉に嗚咽交じりで『分かってるもん』と訴え、『ごめんなさい』と悲痛な声で謝罪の言葉を紡いだ。
「でも、わたっ、かなしっ……、私、虎、信じてたの、っでも、でも、虎、違ってっ……」
母にしがみついて、胸の内を吐露する桔梗。母はそんな娘の背中を擦り、桔梗が傷ついて悲しんでいることは自分達はもちろん、虎も理解してると教えてやった。
「でも、でも、私、話してほしかった、の……話してほしかったのぉ……」
「っ―――、桔梗、本当に悪かった。お前を信用してなかったとかそういうんじゃなくて、俺は、俺は本当に『兄貴』でいたかったんだっ……」
制止する父の手を振り切り、虎はもう一度頭を下げて謝った。傷つけてごめん。と。『兄貴』で居続けることができなくてごめん。と……。
「うぅっ……、やだっ、やだぁ……謝らないでよぉ……」
頭を下げる自分に返されるのは、桔梗の泣き声。『嫌だ』と繰り返し、『謝るな』と責められた。
虎は自分の『想い』がこんな風に人を傷つけるのかと目の当たりにした現実に辛さを覚え、言葉を失った。
「虎、今の桔梗には何を言ってもダメだからここは俺達に任せてもう休め」
「茂さん……。そう、ですね……、分かりました……」
どう償えばいいのか途方に暮れていれば、第二の父は肩を叩き就寝を促してくる。虎は己の無力さを噛みしめながら、言う通りにするしかない自分を不甲斐ないと思った。
空間に響く桔梗の泣き声。虎は唇を噛みしめ、リビングを後にした。
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