「ふふ。お兄さんの傍にいる時の葵君って本当に可愛いね。凄く幸せそうで羨ましいな」 「だなぁ。俺も早く彼女欲しいわー」 「んー……、悠栖には悪いけど、悠栖に今『彼女』ができても葵君とお兄さんみたいに幸せになれるとは思えないなぁ」 「！　なんで！？　俺、超大事にするぞ！？」 「お前が大事にしたいのは『彼女』であって特定の誰かじゃないだろうが」 「そうそう。特定の『誰か』じゃなくて可愛い女の子なら誰でも良いって悠栖と一緒にされるのは葵君もお兄さんも気分が悪いと思うよ？」 　僕が虎君に甘えていたら、聞こえてくるのはそんなやり取り。 　ひでぇ！　って喚く悠栖に、慶史と朋喜は事実だと言い切って、恋人を求める前に誰かを好きになるところから始めるようにとアドバイスをしていた。 「そもそも『好き』ってなんだよ？　友達と彼女の違いってエッチするかしないかだろ？」 「うわぁ。こいつ馬鹿だ」 「だね。最低だね」 　どうやら悠栖の『好き』は一種類しかないみたいだ。 　あまりにも単純な悠栖の『好き』に、僕は思わず羞恥を覚える。でも、虎君に抱き着いていたから頬の高揚は誰にも知られなかったから安心。 「ちょっと、こっちに来ないでくれる？」 「オイ！　それは流石に酷くねぇ！？」 　恐らく悠栖が非難を込めて慶史達に近づいたのだろう。そしてそれに慶史達は心の距離を体現するかのように悠栖から物理的に距離を取ったに違いない。 　きっとあからさまに距離を取られて納得がいかにのだろう悠栖の声は二人に憤慨を示していて、そんなに言うなら『好き』とはどういうことか教えろと喚いた。 「『好き』っていうのはもっとこう、なんていうのかな……」 「え。何でこっち見るの？」 「慶史君なら悠栖にも分かるように言葉にできるかと思って」 「できるわけないでしょ。俺、誰かを好きになったことなんてないんだから」 　朋喜が言うように、誰かに『好き』という感情を伝えることは難しい。 　僕だって友達に対する『好き』と虎君に対する『好き』の違いを口に出して説明しろと言われると正直困る。 　だから、朋喜達の反応は当然だろう。 　そして僕は慶史の言葉に何度も胸を痛めるのだ……。 「ほらみろ！　答えられねぇだろうが！」 「こ、答えられないけど、悠栖の想ってる『好き』じゃないって事だけは確かだからね！？」 「なんで？　答えられねぇなら正しいかどうか分かんねーじゃん！」 　納得できる答えが無いなら『間違っている』とは限らない。 　そう言い切る悠栖の言うことは確かに一理ある。僕が思う『特別な好き』と悠栖の思う『特別な好き』は同じとは限らないから。 「悠栖のくせに正論とかムカつく」 「お！　なんだ？　負け惜しみか？」 「悠栖、やめなよ。今までの経験上慶史君に勝てる見込みなんてゼロに等しいって分かってるでしょ」 　煽るのを止めるように言う朋喜の呆れたような声。それに過去を思い出したのか悠栖もぐっと声を押し殺し、そして分かったと慶史を煽ることを止めた。 「……何その顔。ムカつくんだけど」 　悠栖が煽ることを止めたのに、慶史はまだ悪態をつく。やっぱり機嫌は直ってないみたいだ。 　慶史の機嫌の悪さの一因は僕にもあるから、止めないとと使命感を覚える僕。 　でも、慶史が悪態をついたのは悠栖にじゃなかった。 「別に何もない。……性悪なお前の顔よりずっとマシだ」 　慶史に言葉を返したのは、悠栖じゃなくて瑛大だった。 　瑛大はぶっきらぼうな声で慶史に悪態を返すと、虎君を呼ぶ。どうして今日自分をここに呼んだのかと尋ねる言葉を続けて。 「言っただろ？　お前にも随分心配をかけたからそのお詫びだって」 「それは聞いたけど、なんで『今日』なわけ？　別の日でもよかったのに」 　そもそも僕の家になんて来たくなかったと言いたげな瑛大の言葉に、僕は悲しくなる。 　でもここで僕が傷ついたら、虎君も慶史も放っておかないだろうから我慢だ。 「ご、ごめんね。僕がみんなを呼びたいってわがまま言ったんだ」 「……あっそ」 　虎君の腕の中、ようやく顔を上げてみんなを見る僕。 　瑛大は予想通り呆れたような顔をしていて、慶史もそんな瑛大を不機嫌な面持ちで睨んでる。 　悠栖と朋喜は一触即発モードな二人に肩を竦ませていて、『楽しくお喋り』なんてとてもじゃないけどできそうじゃなかった。