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大切な人 第14話
「俺、なんか余計なこと言ったみたいだな」
「余計も余計だ。バ海音」
「お前は完全復活したみたいだな。いやぁ、よかったよかった」
自分が一番可愛いと引かない慶史と、自分も負けず劣らず可愛いと主張する朋喜の言い合いを聞きながらも、耳に届く虎君の声。
チラッと盗み見れば、満足げな海音君の笑い顔。その笑顔は本当に嬉しそうで、僕はちょっともやっとしてしまった。
(今まで気にした事なかったけど、海音君って虎君のこと大好きだよね?)
虎君と海音君が仲良しなことは昔から知ってたけど、海音君の笑顔に僕が覚えるのは焦燥感。いくら何でも仲良しすぎない? と。
モヤモヤを覚えながら二人の様子を窺えば、海音君は虎君の肩に腕を回して肩を組んで楽しそうに笑って見せて、虎君はそんな海音君に苦笑を漏らしながらも柔らかい笑みを浮かべていて、モヤモヤが胸の痛みに変わってしまう。
仲良しな虎君と海音君の姿を見たくないと思った僕は掴んでいた慶史の腕を思い切り握り締めてしまった。
「! 痛い! 痛い痛い!! 葵、痛い!」
「あ、ご、ごめん、慶史」
血が止まる! って僕の手を引き剥がす慶史の悲鳴に我に返ると、パッと手を離して慌てて謝る。
慶史は腕を擦りながらも僕の名前を呼んできた。その声は怒りよりも心配が濃くて、僕の異変を瞬時に悟ったようだった。
「……海音君、ちょっと」
「んあ? なんだ、慶史?」
何と答えていいか困って固まっていた僕。
すると慶史は今度は僕じゃなくて海音君を呼んで、全部お見通しみたいだった。
「ほら、葵はあっちに行ってきな」
虎君から離れる海音君は、呼ばれるがままこっちに歩み寄ってくる。
慶史は僕の腕を掴むと、そのまま虎君の方へと押しやって……。
「海音君、よく見てよ。俺がこの中で一番可愛いでしょ?」
「確かに慶史は可愛いけど、でもやっぱり一番は凪だぞ? 見た目も性格も天使そのものだし。なぁ?」
「お、お兄ちゃん、止めてよ……」
慶史の言葉を一刀両断する海音君の声を背後に聞きながら、僕は虎君の隣で立ち止まると、そのままその腕にしがみつくように抱き着いた。
虎君はそんな僕の髪を撫でながら、どうした? と心配そうな声を掛けてくる。
僕は、『海音君にヤキモチを焼いた』とは流石に言えず、なんでもないと首を振るしかできなかった。
「葵?」
自分の様子が変だってことは分かってる。
でも、やっぱり言えない。
僕は虎君の眼差しから逃げるように虎君の腕に強くしがみつくとそのまま俯いた。
「葵、本当にどうし―――」
「虎兄、俺、やっぱ帰るよ」
自分の嫉妬深さに自己嫌悪して黙り込む僕を助けてくれたのは、瑛大だった。
瑛大は手に持っていたUSBメモリーを差し出して、「もともとこれを渡しに来ただけだから」って言って帰ろうとした。
「え、瑛大っ!」
「……お前さ、海音君相手にくだらねぇ嫉妬して虎兄困らすなよな」
慌てて呼び止めたら、慶史と同じく僕のヤキモチに気づいていた瑛大は呆れ声で全部バラしてくれて、酷い仕打ちだと思ってしまうのは仕方ない。
USBメモリーを受け取りながらも聞こえた言葉に驚きの声を上げるのは虎君で、「今のは?」って確認のような言葉を掛けられてしまう。
「だ、だって、だって海音君、虎君のこと凄く大好きだから……」
「! マジか……」
「虎君……?」
空を仰ぐ虎君は、僕がしがみついていない方の手で頭を抱えて見せる。
『幼馴染みにヤキモチを妬くなんて』と呆れられたのかと一瞬不安になる。
でも、その後虎君が零した言葉に、ヤキモチを妬いても良いんだとちょっぴり安心できた。
「ヤバい……。葵が可愛すぎる……」
「よかったね、虎兄。……じゃ、俺は帰るから」
「! おお。これ、ありがとうな」
「次の実力テスト対策、忘れないでよ」
瑛大はその後僕を一度も見ることなく、虎君と言葉を交わすと踵を返して玄関へと歩いて行ってしまう。
帰るのかと言葉をかける悠栖と朋喜にはそっけない言葉を返し、海音君には「またね」と愛想を見せる瑛大。
慶史は何か言いたそうな顔をしていたけど、グッと耐えて帰る瑛大を無言で見送ってくれた。
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