269 / 551

大切な人 第20話

「なぁ。マジで何があったんだよ。藤原ってこんなヒステリックじゃなかっただろ?」 「だから、聞こえてるってばっ」  慶史が苛立ちのオーラが隠せていないことは誰が見ても分かること。  僕に理由を尋ねてくる茂斗はいつも通りの口調だったから慶史にもばっちり聞こえていて、不機嫌に拍車がかかりそうだった。  でも茂斗は不機嫌な慶史に怯むことなく、むしろ眼光を鋭く見下ろすと、家族と数少ない知り合い以外に向けた声色で慶史を窘めた。 「何にイラついてるのか知らねぇけど、此処はお前の城じゃねぇーんだよ。これ以上凪に気を遣わせるような真似したら家からつまみ出すからな」 「! わ、分かったよ。……ごめん……」  慶史達は僕のお客様。でもそんなことは関係ないと言わんばかりに茂斗は慶史を威圧する。それもこれも大切な凪ちゃんが傍にいるからだろう。  茂斗に威圧された慶史は、茂斗じゃなく凪ちゃんを視線に入れて怖がらせてごめん。と頭を下げた。 「あ、あの、……その、えっと……」 「凪、藤原のこと許すか? それとも―――」 「! うんっ、私、平気だから……」  だからシゲちゃん、そんなに怒らないで。  たどたどしい口調ながらもそう必死に伝える凪ちゃんは本当に優しくていい子だと思う。  そして、凪ちゃんが早く茂斗のことを『特別』な意味で好きになって欲しいと思う。 「本当にいいのか? 凪が望むなら、二度と調子に乗れないよう藤原に言い聞かせることもできるぞ?」 「! だ、ダメだよっ! マモちゃんのお友達、でしょ? それに、シゲちゃんのお友達でもあるんでしょ……?」 「いや、葵の友達だけど俺の友達じゃ―――」 「シゲちゃん、嘘でも、ダメだよっ」  慶史に力づくでお灸を据えることはできると言う茂斗。  その言葉を聞いた慶史はまた不機嫌になりそうに眉を顰めたけど、凪ちゃんの声に怒りの声は出ることはなかった。  そして凪ちゃんに軽口を窘められた茂斗は、肩を落とすどころかデレッと頬を緩ませて、 「凪は本当、天使だな。優しすぎて俺、心配になるぞ?」  凪ちゃんのことを褒め称えてメロメロになっていた。 「私、別に優しくないよ……?」 「そうやって自分の凄さをひけらかさない奥ゆかしいところもすげぇーよ。やっぱり凪は天使そのものだ!」 「し、シゲちゃん、止めてっ……」  他の人の視線が……。  顔を赤くして茂斗の背中に隠れてしまう凪ちゃん。  僕はいつも通りのやり取りだと思いながらも、付き合っていない二人の関係にやっぱり『嘘だ』と思ってしまう。 (こんなにラブラブなのに、付き合ってないとか絶対嘘だと思うんだけどなぁ……) 「おい、凪が可愛いからってそんな見るなよな」 「! あ、ごめん。つい……」  凪ちゃんを隠すように立ちはだかる茂斗は、鬱陶しい。  そんな威嚇しなくても凪ちゃんを取ったりしないからいい加減安心して欲しいって思ってしまうのは仕方ない。 「なんか、先輩に似てるな。マモの兄貴」 「そうだね。なんか、葵君と兄弟っていうより、お兄さんと兄弟って感じだよね」 「あぁ? 何コソコソ喋ってんだよ? お兄さんの兄弟って意味わかんねぇーんだけど?」  お前らもどうせ凪の可愛さにこっちを見てるんだろう!?  なんて悠栖と朋喜に絡む茂斗。  二人の会話、ちゃんと聞こえてるくせに誰彼構わずライバル視しないで欲しい。思い込みの激しい双子だと思われそうだから。 (あ、朋喜の顔。絶対思ってる。僕の猪突猛進さとおんなじだって思ってるって顔してるっ)  予想通りとはいえ、恥ずかしい。  自分は本当に思い込みが激しい性格をしているんだなぁって茂斗を見てると痛感しちゃうよ。 「いや、確かに凪ちゃん? だっけ? 可愛いと思うけど、って、何怖い怖い怖い!!」 「てめぇ、俺に喧嘩売ったな? 今、喧嘩売ったよな!?」 「ちょ! 茂斗! ストップストップ!!」 「何この馬鹿力っ」  悠栖が迂闊な言葉を口にしたせいで茂斗のスイッチが入ってしまった。  禍々しいオーラを纏って悠栖に詰め寄ろうとする茂斗を必死に止めるけど、体格差のせいで僕一人じゃ絶対無理。  悠栖の命の危機を察してか、慶史も僕に遅れて茂斗を止める手伝いをしてくれるんだけど、二人ががかりでも全く茂斗は止まらない。

ともだちにシェアしよう!