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大切な人 第32話

「僕も大好き! 大好きぃ……」  隙間ないぐらい密着したら分かる、虎君の昂ぶりと僕のそれ。  恥ずかしいと思いながらも虎君は僕をぎゅうと抱き締めてくれるから、僕も思いのまま虎君にしがみつく。  虎君の傍に居たくて、虎君に触りたくて、想いが暴走しそうになったその時、廊下から鈍い音が聞こえた。 「! き、桔梗っ!」  背中から聞こえた音は一体何の音か分からない。  でも虎君の口から出てきた名前で全て理解できた。 「とぉーらぁー……」 「ちょ、落ち着け、おまっ、危ないからっ!」  僕を守るように身を挺してくれる虎君だけど、相手が姉さんの場合それは逆効果だと思う。 「あんた、此処が何処か分かってる? ねぇ? うちの二階のバルコニーよ? ねぇ、分かってる?」  ズンズンと効果音が聞こえてきそうな足取りの姉さんはバルコニーの窓の前で仁王立ちすると、鬼の形相で凄んでくる。 「しかも、今日はこの廊下の奥に葵の友達が居るの。それなのに、外からも中からも丸見えのこんな場所で何をしてるのかしら?」 「わ、分かってるっ。分かってるから来るな。お前、怖いぞ」 「! 当たり前でしょうが!! 可愛い弟が手籠めにされそうな場面に遭遇したら誰だってこうなるわよ!!」  虎君の声に姉さんの怒りは爆発。  バルコニーに降り立つとそのまま姉さんは虎君の腕の中にいた僕の腕を鷲掴むとそのまま力任せに引っ張ってきて、僕はあっという間に虎君から引き離されてしまった。 「ね、姉さんっ、ヤダっ、なにす―――」 「葵、部屋に戻りなさい」 「! ヤダっ! 姉さん、虎君のこと怒る気でしょ!?」  有無を言わさぬ圧を出してくるその姿は女帝のようで怖い。  でも言うことを聞けないのは、姉さんが虎君を責めるだろうから。そう、まるで虎君が無理強いしたかのように。  僕はそれが許せなくて、姉さんと虎君の間に立ちはだかると絶対に部屋に戻らないから! と意思表示。 「葵!」 「なんでそんなに怒るの!? 僕と虎君のこと、まだ認めてくれてないの!?」  二カ月前、よかったねって言ってくれたのは嘘だったの!?  そう姉さんを睨みつければ、怒りの形相だった姉さんの表情からたじろぎが見える。 「み、認める認めないの話じゃないでしょ! この状況が不適切だって言ってるのよ!」 「どうして? 好きな人と一緒に居たいって思うことが『不適切』なことなの?」  傍に居たい。触りたい。キスしたい。  そんな感情を抱くことが間違いだと言われた気がした僕は思わず感情的になってしまう。自分の欲求が人の道を外れていると言われた気さえしたから。  感情的になった僕は、涙目で姉さんを睨む。  すると姉さんは怒りよりも驚きの表情を見せ、狼狽えて僕に駆け寄り違うと訴えてきた。 「そうじゃないの、葵。そうじゃなくて―――」 「葵、ごめん。桔梗を責めないでやってくれないか……? 今日のコレは俺が悪いんだ。な?」 「どうして? なんでそんなこと言うの……?」  弁解する姉さんの声を遮った虎君の言葉に、僕は悲しみを覚え唇を噛みしめる。  虎君と姉さんの間に恋愛感情は一切ないってことはもう理解している。でも、それでもこんな風に無意識に庇われると不安になってしまう。 (前は『仲良くして』って言えてたのに……)  今は仲良くされると不安になる。  虎君の愛情を疑っているわけじゃないけど、姉さんのように綺麗でしっかりした女の人が相手だと、僕なんて普通眼中にも入れてもらえない存在だ。  自分をよく分かっているからこそ抱く不安。それを二人にぶつけるべきじゃないってことは分かってる。分かってるけど……。 (でも、今は違っても、この先もそうとは限らないって思っちゃうよ……) 「葵、そんな顔しないで……」  僕の不安を見透かした虎君は僕を抱きしめてくる。僕は虎君の背中に手を回すと「ごめんなさい」と嫉妬して疑ってしまったことを謝った。 「そんな可愛いこと言わないでくれよ。桔梗を無視してこのまま葵を攫いたくなるだろ……?」 「ちょ―――」 「今は空気読んで黙っとけよ」  虎君の甘い囁きに僕よりも姉さんが反応を示す。でも、虎君はそれを苦笑交じりに牽制すると今一度僕の頬を両手で包み込んで鼻先にキスを落としてきた。  唇へじゃないのは姉さんへの配慮だと分かってるけど、やっぱり不満は不満だ。

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