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恋しい人 第5話

「おにーちゃん? さみしくないの?」  茂斗が応えない事に首を傾げるめのうは、「めのうはさみしいよ?」と悲しそうな顔をして見せた。 「―――っ、淋しいよっ。凪に早く会いたいよ」  めのうに視線を合わせるようにしゃがむ茂斗は、苦笑交じりにめのうの頬を撫でて心からの本心を零す。  僕はそんな兄妹のやり取りを眺めながら、もう少し茂斗のことを考えて行動しようと無言で虎君から一歩距離を取った。  感じるのは視線。きっと虎君が僕を見てるんだろう。  でも僕は虎君を見ることなく、視線を下げたまま。 (虎君のこと見たら絶対甘えちゃうもん……)  最近虎君を見ると色んなことを忘れて甘えてしまう自覚は一応あるから、グッと我慢。  本当の本当は虎君の傍にいたいんだけど……! 「おにーちゃん、めのうといっしょだね!」 「そうだな。でも、めのうよりにーちゃんの方が寂しいから、ちょっと違うかな」 「えー? なんで? めのうもさみしいのに?」  なぎちゃんにあえるまでめのうといっしょにがまんしようね?  そう笑っためのうに自分のほうが寂しいと大人げないことを言う茂斗には、ちょっと呆れちゃう。  そしてそれは姉さんと母さんも一緒だったのか、二人は声をそろえて僕が心の中で思っていたことをあっさり口に出していた。 「「それは大人げないわよ」」  と。 「めのうだって凪ちゃんに会えなくて寂しい思いしてるんだからね?」 「分かってるけど、しかたねーじゃん。マジ一日一日が長いんだからさ」 「『一日が長い』って、まだ三日じゃないの。たった三日で何言ってるんだか」  呆れる姉さんと母さん。  すると茂斗は姉さんはともかく母さんには反論を見せた。 「俺は親父の子供だからこうなって当然なんだよ」 「? なんでパパが出てくるのよ?」 「まったく、そう言うところはまだまだ子供ね。お父さんが仕事を切り上げて出張を帰って来るからって言いたいんでしょうけど、お父さんはちゃんと義務と責任は果たしてから帰って来てるんだからね?」  拗ねてないで早く家を出る準備しなさい。  そう茂斗の頭を軽く叩く母さん。僕はその言葉にハッとして時計を見た。 「! ゆっくりしすぎた!」  サーっと血の気が引く思いとはこのことだ。入学式に遅刻とか本当、笑い話にならない。  僕は慌ててリビングから自室に向かい、ドアを閉めるや否やパジャマを脱ぎ捨て昨日の夜に用意しておいた高校の制服に袖を通した。 (制服、変わらなくてよかったっ!)  初等部、中等部、高等部で制服のデザインが変わるゼウスと違ってクライストは中等部と高等部は学ランで代り映えしない。  それを朋喜達は不満だと言っていたけど、僕は今ほどありがたいと思ったことはない。  着慣れた学ランだから着替え終えるまでに大して時間がかからなかった。 (顔洗って、歯を磨いて、家を出たら間に合う、よね?)  筆記用具以外入っていないカバンを掴むと、僕は踵を返して来た時と同じスピードで洗面所へと向かう。  と、そこには髪型を気にする茂斗の姿が。 「はえぇな」 「だ、だって遅刻しそうだからっ!」  こんなに早く着替えて降りてくると思わなかったと言いたげな茂斗。  僕は隣に並ぶとまず歯ブラシに手を伸ばした。  歯磨き粉をつけてパクっとそれをくわえて歯を磨き始めると、僕が喋れないことを分かっていてか茂斗が喋りかけてくる。 「八つ当たりして悪かった。お前らは関係ない……ってか、お前が虎と上手くいってることは素直に良かったと思ってるから」 「! んっ」 「なんだよ、その顔」  歯を磨く手を止めず、目だけで茂斗に訴える。僕こそごめんね。と。  茂斗は苦笑交じりに破願して、間抜け面だと言葉だけの悪態を吐いた。鏡に視線を戻した茂斗はセットした髪の最終チェックを終え、玄関で待ってるぞ。と洗面所を後にした。 (『玄関で待ってる』って、なんで?)  ん? と鏡の中の自分に首を傾げる僕。と、入学式の朝は家族で写真を撮っていたことを思い出した。 (ああ、だから髪、セットしてたんだ。茂斗)  凪ちゃんに会えないのにどうしてあんなにばっちり決めていたのか不思議だったけど、そうか、写真に残るからか。  いつも通りリビングに飾られるだろう今日の写真はすぐに凪ちゃんの目にも入るはず。その写真の中でいつも通りの茂斗じゃない茂斗がいたら、凪ちゃんに余計な心配を掛けちゃうもんね。

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