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恋しい人 第21話

「葵君、慶史君の言うとおりにしよう……?」 「ヤダ! 絶対一緒に行く!」  宥められようが自分の直感を信じて絶対に放さないと声を荒げてしまう。  すると慶史は苛立ちを隠さず無理矢理僕の手を放そうとした。でも、その時―――。 「お、珍しい、喧嘩か?」  手を放すまいとする僕と何が何でも振りほどこうとする慶史に向けてかけられた朗らかな声。それは僕達が探していた悠栖のもの。  僕も、慶史も、そして朋喜も、ポカンと悠栖を見つめ、動きを止めてしまう。  すると悠栖は「どうしたどうした?」とキョトンとして僕達を見回してきて、その隣にいた背の高い新入生が「俺、先に行くから」と悠栖の肩を叩いて通り過ぎてゆく。 (あれ、確かサッカー部の汐君、だよね?)  呆然とその後ろ姿を見送った僕達は「どした?」と視界に入ってくる悠栖に力が抜けてしまう。思わず「よかった……」とその場にしゃがみ込んでしまうほど。 「? 何が良かったんだ?」 「っるせぇ! バカ悠栖!!」 「え? 何? 何々? なんで俺キレられてんの?」  殴りかかろうとした慶史を軽やかなステップで避ける悠栖は、状況が全く分からないんだけどと言いながら僕達に説明を求める。  でも、いつもならすぐに説明してあげる朋喜も「知らない!」とそっぽを向いてしまって、悠栖の視線は僕に回ってきてしまう。 「えっと、それは、その……」  なんて説明すればいいんだろう? 上級生に絡まれて酷い目に遭ってるって勘違いしてたって素直に言えばいいかな?  僕がしどろもどろになりながらも拙い言葉で慶史と朋喜が怒っている理由を伝えれば、悠栖は「あー……なるほど……」と空笑い。 「さっき声かけてきたの、やっぱそういう感じだったのか」 「! 悠栖、声かけられたの?」 「おう。先輩だし邪険にできないしついて行こうとしたらチカに止められてさ。九死に一生だったわけだな」  だからマモ達に合流するまで付いてきたのか。  そう納得する悠栖は深く頷き、持つべきものは親友だと汐君に感謝を示した。 「汐も大変だな。同じ部活だったからって馬鹿の面倒見させられて」 「はぁ? 同じ部活だからじゃねーし! 俺とチカは親友だからだし!」  言い返す悠栖だけど、怒るポイントはそこなんだ? と笑ってしまうのは仕方ない。  慶史も朋喜も悠栖の天然さに毒気を抜かれたのか、怒っているのがバカバカしくなってきたと立ち上がり、歩き出す。 「ちょ、二人とも! はぐれないでよ!」 「なら早くついてきな。あと一人、探さないとダメでしょ」  その人には悠栖のように頼りになる友人はまだいないんだからね。  そう言った慶史に思い出す。入学式でみんなの視線を攫っていった僕の新しい友人を。 「姫神君っ!」 「そ。ほら、行くよ」  遅れて立ち上がると、僕は慌てて慶史の後を追う。朋喜もポカンとしてる悠栖を引っ張ってついてきてくれてる。  他の生徒の間を縫って歩く慶史を追いかけるのは大変。でも、僕達に気づいた人は何故かみんな避けてくれるから、すぐに歩きやすくなった。 「! 居た! 姫神!」  見つけた姿。慶史は声を張り上げ、姫神君を呼ぶ。  名前を呼ばれた姫神君は肩をビクッと震わせ振り向いた。物凄く驚いた顔で。 「な、なんだよ、お前等」 「よかった! 無事だったんだ!」  迫りくる僕達に怯える姫神君に、僕は本当によかったと胸を撫で下ろす。  慶史は「バカ」と僕の失言を窘める。姫神はまだ何も知らないんだよ。と。 「『知らない』ってなんだよ。……! もしかして、男をナンパして喜んでる馬鹿共のことか?」 「え? 姫神君も声かけられてたの?!」 「ああ。講堂出て直ぐのところでな」  あっさり頷く姫神君だけど、僕達は驚き、無事だったのかと駆け寄ってしまう。  四人に囲まれ何もされていないかと代わる代わる心配されて、姫神君も気圧されてしまったのか「ちょっと落ち着け!」と声を荒げて僕達を宥める。 「安心しろ。俺は何もされてない。大体、男に口笛吹いて絡んでくるとか頭おかしい連中に俺が付いて行くわけないだろ」 「付いて行かなくても無理矢理連れて行かれるとかあるだろ」 「はぁ? 此処にはそんな連中もいるのか? 男相手に犯罪者になる気かよ」  気色悪い。と嫌悪感を隠さず吐き出す姫神君の言いたいことは分かる。でも、これは同性だからということは関係ないと僕は思ってしまった。

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