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恋しい人 第24話

「ほら、な?」 「そうみたいだな……」  狼狽える僕の目に映るのは勝ち誇った慶史の顔と破顔した姫神君の顔。  僕はどういう状況かさっぱりわからなくて、二人の顔を何度も見てしまう。 「よかったね。葵君。姫神君も葵君と友達になりたいって思ってくれたみたいだよ?」 「! 本当?!」 「今の流れで『なりたくない』とは思わないだろ? そうだよな? 姫神」  僕の肩を叩く朋喜と悠栖。二人の言葉に不安を忘れて姫神君を見れば、姫神君は肩を竦ませながらも「よろしくな」と笑ってくれた。 「嬉しい! こちらこそよろしく!」  綺麗な笑顔に心が躍る。僕は差し出された手を両手で握り締め、ぶんぶんと上下に振り回してしまった。 「なーんかマモ、めちゃくちゃ喜んでねぇ? 俺達と出会った時は友達になりたいなんて言ってくれなかったのにさ」  慶史はよかったねと頭を撫でてくれたけど、面白くなさそうな声を上げたのは悠栖だ。  振り返ると不機嫌な面持ちで拗ねている悠栖がジトっと僕を見据えていて、ちょっと怖い。 「二人とも友達になりたいって思ってたよ? だから友達になれたんでしょ?」 「本当に?」 「本当だよ。なんでそんなに疑うの?」  不機嫌な悠栖のご機嫌をとるためではなく、事実を僕は伝える。けど悠栖はご機嫌取りだと思ったみたいでまだ疑ってくる。  いつもなら僕の援護してくれる朋喜も悠栖の隣で苦笑してるだけで、内心悠栖と同じ気持ちなのかもしれない。  僕は心から友達になりたいと思っていたのに、疑われてショックを受けてしまう。 「ちょっと。不安だからって葵を苛めるの止めてくれない?」 「別に苛めてないだろ」 「いびってる自覚なし? そっちがそういう態度なら、葵が二人と仲良くなれて喜んでた話は俺だけの秘密にしておくよ」  オロオロしていた僕の肩を抱き寄せ、『秘密』と言いながら暴露する慶史。いや、そもそも『秘密』っていうわけでもないんだけど。  でも、慶史の言葉に悠栖はぴくっと反応し、視線を僕達に向けてくる。本当に? と言いたげな目だ。  僕はそんな悠栖と、きっと同じく気にしている朋喜に苦笑交じりに伝えた。二人と友達になれたことが嬉しくて暫く家でも二人の話ばかりしていたんだからね? と。 「……本当に?」 「本当だってば」 「疑うなよ、悠栖。朋喜も、感じてただろ? 出会う度に自分に向けられた先輩の嫉妬に狂った目を」  まだ疑う悠栖にどうやったら伝わるのかともどかしく思っていたら、おどけた慶史が茶々を入れてくる。  また虎君を悪者にする……。と僕が呆れてしまうのは当然だ。確かに慶史は虎君から度々嫌な思いをさせられていたみたいだけど、だからといって悠栖達もそうだったと言うなんて酷い誤解だ。  でも、窘めるために僕が慶史の名前を呼ぼうとしたら、朋喜は「そう言えばそうだったね」と笑った。  疑いの色が消えた朋喜の笑い顔はいつも通りの可愛い笑顔。明らかに慶史の言葉に同意見だと思っているだろうその様子に僕がムッとするのは仕方ない。 「葵君、どうしたの?」 「なんでもない。ただちょっとだけ、虎君のことを誤解されて嫌な気持ちになっただけ」 「! そう、だよね。ごめんね、葵君。葵君の大切な人を悪く言う気はないから、許して……?」 「俺もごめん! 先輩がマモのこと好き過ぎることは分かり切ってることだし、ある意味尊敬すらしてるから!」 「「悠栖」」  全然フォローになってない悠栖のフォローに慶史と朋喜が黙っているよう睨みを利かせる。悠栖は悠栖でしまったと失言した口を手で塞いでなかったことにしようとしたりして。  僕の顔色を伺う三人。  悪気はないと訴えてくるその眼差しに、昔から僕のことをとても大切にしてくれる虎君を思い出す。  とても優しくて頼りになる虎君だけど、とてもヤキモチ焼きだと最近教えてくれた。僕が他の人を好きになるかもしれないと想像しただけで息ができなくなるなんて大袈裟な程。  今は僕の想いを信じているからヤキモチは程々に留めるよう頑張ると言っていたけど、三年前の僕は自分の想いに全く気付ていなかったし、虎君に愛されているとも思っていなかった。  でも虎君はその間もずっと僕を愛してくれていて、僕が無神経にも他の人の話を楽しそうにしている隣でずっと話を聞いてくれていた。  当時の虎君の気持ちを考えると、慶史達に多少のヤキモチを焼いてしまうのは仕方ないと思ってしまう僕。 (だって僕が虎君の立場だったら、絶対嫌だもん。虎君が他の人の話を楽しそうにするなんて、絶対、絶対笑って聞けない)  それどころか虎君を笑顔にする人に激しい嫉妬を覚えてしまうに決まっている。だって、想像だけで凄く苦しいんだもん。 「もういいよ。みんなが虎君が嫉妬してるって感じているなら、それが真実なんだし」 「……本音は?」  不機嫌を苦笑に変えてもう怒っていないと伝えれば、不審に思った慶史が尋ねてくる。それは本心じゃないよね? と。  親友の目は誤魔化せない。僕は嘘を重ねるよりも正直に白状することにした。 「『嫉妬する』ってことはそれだけ僕のことが大切ってことでしょ? 三人には悪いけど、愛されてるって実感できて嬉しい」  と。

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