319 / 551

恋しい人 第34話

「俺を好きになってくれてありがとう。絶対に後悔させないから。……必ず幸せにする」 「何があっても後悔なんてしないよ……? 虎君が傍にいてくれたら、僕、それだけで幸せだもん……」  僕の視界は虎君でいっぱい。虎君の視界も、僕でいっぱい。  心臓はドキドキして、それでいて甘い痺れを有して僕の全てを支配する。 「葵……」  恋焦がれるように名前を呼ばれ、何度も触れあうキスを落とされる。  僕も虎君をもっと傍に感じたくて、離れる唇を追って唇を押し付けてしまう。 「ん……」  何度目かのキスを交わしていれば唇とは違う感触が下唇に触れ、それが虎君の舌と理解するより先に僕は唇を薄く開き、深いキスを求めた。  求めるまま与えられる深いキス。僕は唇を重ねたまま身を捩り、虎君の首に腕を巻き付けより近くにと密着した。  深いキスはまだ全然慣れないキス。きっとぎこちなくて、下手くそなキスだろう。僕が感じている気持ちよさや幸福感を虎君が感じてくれているか、ちょっと不安になる。  交わした約束があるから感じる不安のまま口に出せばいいんだろうけど、キスを止めたくなくて、僕は虎君が与えてくれる快楽に不安を誤魔化した。 「っ……、はぁ……ごめん、葵……」 「? ……何が……?」  キスを止めてしまう虎君。  何故か謝られ、眉が下がる。 (やっぱり僕が下手だから……)  あがった呼吸を整えるように肩で息をする僕は虎君が謝る必要なんてないのにと胸を痛めた。 「僕、キス、下手だよね……ごめんなさい……」 「! どうしてそんなこと言うんだ? 俺が下手だってことは分かってるけど―――」 「虎君はキス上手だよ?! 上手だから、僕、僕っ……」  もっともっとキスしたいって思ってる……。  そう尻すぼみになりながらも伝えれば、僕の願いのままキスを再開してくれる虎君。  どうして? って思いながらも、僕はすぐにキスに夢中になってしまう。 (虎君、虎君、大好き……大好きっ)  虎君の舌のぬくもりが愛しくて、虎君の舌が撫でる口内が気持ちよくて、ずっとこうしていたいと強く思った。 「葵、俺とのキス、気持ちいい……?」 「うん。……うん、気持ちいい……。すごく、すごく気持ちいい、よ……」  キスの合間に言葉を交わしあい、無我夢中で虎君の唇を求めた。きっと貪るってこういうことを言うんだろうなって思いながら。  虎君は僕を抱きしめるために腰に添えていた手に力を籠め、かと思えば頭に回され、キスをより深くするように押さえてきた。 「愛してる、……葵、愛してる。愛してるよ……」 「んっ、僕、も……僕も、大好きぃ……」  シンと静まり返った室内に響くキスを交わす音。それがとてもエッチで耳からも気持ちが高ぶってしまう。  五感の全てを使って虎君を感じているこの感覚が堪らなく愛しくて、それと同時に堪らなく切なくて、気が付けば目尻から涙が零れてしまっていた。 「……どうした……?」  お互いを求めるようなキスに夢中になっていたのに、突然唇を離され、かと思うと啄むキスが一度。それはキスの終わりの合図に思えた。  僕の頬に手を添える虎君は心配そうな、悲しそうな顔をしていて、どうしてそんな顔をしているのかと不思議に思っていたら、指で涙を拭われた。  キスに夢中で頭がボーっとしていたから理解が遅れたけど、虎君の性格を考えたら僕が涙を流しているのにキスを続けるような人じゃない。こうやって心配してくれる人だ……。 「ごめんなさい……」 「謝らないで。……キス、嫌だった?」  良い雰囲気だったのに涙を流しちゃってごめんなさい。  そう謝れば、虎君は強引だったと自分こそごめんと謝ってくる。  僕は慌てて否定した。これは悲しいからの涙じゃないよ。と。 「もちろん、嫌だったからでもないからね?」 「でも―――」 「もっと虎君の傍に居たくて、心臓がぎゅーってなったからなんだよ……」  何か言いかけた虎君の唇に手を添えて遮ると、虎君に伝えた。もっと傍に居たい。もっと、もっと虎君の傍に居たい……。と。 「俺は葵の傍に居るよ? こんなに近くに」 「うん。分かってる。でも……でも、もっと傍に居たい……」  甘えるように抱き着けば、虎君は僕を抱き締めてくれる。僕は虎君を見つめ、キスを求めて薄く唇を開いて虎君の唇に押し当てた。  不器用過ぎるキスだったけど、虎君は僕のキスを受け入れ、そして応えてくれる……。

ともだちにシェアしよう!