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恋しい人 第50話

「僕は、誰にも話さないよ。たとえ虎君を傷つけることになったとしても、話さない」 「葵……。気持ちは嬉しいけど、それでもし別れることになったらどうするの? あの人のこと、大好きなんでしょ?」 「もちろん大好きだよ。大好きだから傷つけないように、別れないようにちゃんと努力する。……でも、その『努力』に慶史のことを話すことは入ってないから」  別れても責任持てないよ。  そう悪態交じりで僕の意思を変えようとする慶史。僕はそんな慶史に笑い、「慶史的には別れて欲しいんじゃないの?」と意地悪を返した。  慶史は珍しく言葉を探して口を噤んでしまう。ちょっと意地が悪すぎたかな? 「大丈夫だよ。虎君、僕のこと本当に大切にしてくれてるし、信じてくれてるから」 「……だから、それでもいい気分じゃないって言ってるんだけど」 「虎君が不安を感じないぐらい自分の想いを伝えるつもりだから平気」  相手が不安を感じると言うことは、僕の想いが伝え足りていないせい。それなら不安を感じさせないぐらい想いを伝えれば大丈夫なはず。  そう言い切る僕を慶史は楽天家過ぎると言う。確かに楽観的かもしれないけど、間違ったことは言っていないはずだから悲観的よりマシだと言い返す。 「葵のくせに生意気っ」 「ふふ。ごめんね?」 「……分かった。葵がそう言うなら、黙ってていいよ。仕方ないから」 「! うん。ありがとう、慶史」  漸く僕を見てくれる慶史。僕はそれが嬉しい。  これ以上辛い話を思い返すようなことはしないでおこうと気持ちを込めて話題を変えると、慶史は意図を汲み取ってか話に乗ってくれる。  他愛ない話をしていれば短い休み時間はあっという間に過ぎてしまって、授業の開始を知らせるチャイムが校内に鳴り響いてしまった。  まだ購買部の近くにいる僕は、急いで教室に戻らないとと焦ってしまう。今から走って戻っても遅刻確定なんだから。  ペットボトルに蓋をしながら教室に戻ろうと慶史を促す僕。すると慶史はチャイムが聞こえていないかのようにまだ壁にもたれかかったままで……。 「慶史? 遅刻しちゃうよ?」 「分かってる。……先行っていいよ」  買ったコーヒーがまだ飲み切れていないからもう少し此処にいる。  慶史は僕に手を振って見せ、授業をサボるつもりらしい。  真面目じゃないけど、でも不真面目でもない慶史。そんな慶史が授業をサボる理由が一つだけだと知っている僕は、慶史の腕を掴むと強引に教室に連れて行こうとした。 「体調が悪いわけじゃないんだから、ダメ」 「だからコーヒーがまだ残って―――」 「慶史が買ったのはココアでしょ」  コーヒーを選んでないことはちゃんと見てたからね?  慶史らしくない雑な嘘に呆れてしまう。  僕は頑なに動こうとしない慶史にムッとしながら教室に向かおうとした足を止め踵を返すとその隣に戻った。 「何してるの? 授業サボる気?」 「そうだよ。慶史がサボるなら、僕もサボるから」 「はぁ……優等生の葵がそういうことしないの。周りが心配するよ?」 「いいよ。僕は慶史が心配だから、慶史の傍にいたいの」  授業をサボって悪いことしないように見張ってるからと言い切れば、慶史はこれまでの素行を思い出したのか、今度は僕を心配性だと言ってきた。  心配をかけているのは慶史なのに、僕が過剰反応してるように言わないで欲しい。  僕は頬を膨らませて不満を訴える。 「そんな顔しなくても今日はセックスするからサボったわけじゃないよ」 「! 慶史っ」 「何? まだ『セックス』って聞き慣れないの? いい加減慣れなよ。昨日も先輩に抜いてもらったんでしょ?」  まだ午前中なのに、他に人が居なくても学校なのに、ハッキリ言わないで欲しい。  不意打ちの単語に顔が熱くなる僕。慶史は更に恥ずかしい単語を口にして、更に僕に恥ずかしい思いをさせる。 (絶対わざとだ!)  意地悪な慶史を睨めば、慶史は笑ってる。楽し気に。でもそれは意地悪なモノじゃなくて、穏やかなモノ。 「……心配かけてごめんね」 「謝るぐらいならいい加減僕の言うこと聞いてよ。……慶史だって好きでそういうことしてるわけじゃないんでしょ?」 「はは。本当、葵は綺麗だよね」 「茶化さないでよ」 「茶化してないよ。……まぁ、俺も男なだけ、ってことだよ」  僕の頭をポンポンと叩くと、慶史は言葉を続けた。気持ちいい事大好きなんだよね。って。

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