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恋しい人 第54話
「親御さんへの連絡と、担任の先生への報告。それと、三谷君の心のケアをしないと」
笑顔のまま慶史に説明する斗弛弥さん。慶史は斗弛弥さんの言葉に納得したのか、僕に視線を一度寄越すと再び斗弛弥さんに向き合って口を開いた。
「俺は葵を苛めてません」
何を当たり前のことを言っているのかと驚く僕。でも、そうか。状況を考えたらそんな誤解をされていると思っても仕方ないのかもしれない。
僕も慶史に続いてもう一度イジメなんて受けていないと斗弛弥さんに訴えた。絶対分かってて聞いてますよね? と。
「ああ。もちろん分かっているよ。でも、授業をサボる悪い生徒にはお仕置きが必要だろう?」
「それでも俺が葵を苛めてるなんて悪い冗談ですよ」
「そうだな。仲良く寄り添って手を繋いでいたようだし、イジメなわけないよな」
普通に注意して欲しいという慶史に僕も同意だ。すると斗弛弥さんは楽し気に笑いながら僕達を――、いや、僕を見てきた。
視線で分かった。斗弛弥さんは絶対、虎君に全部話す気だ。
僕と慶史の関係を誤解してるだろう斗弛弥さんからの連絡に、きっと虎君は僕のことを本当に愛してくれているからこそ不安を覚えるだろう。
虎君が不安になるようなことなんて全然ないけど、僕はわざわざ不安にさせたくない。
だから、なんとしてでも変な報告をされないように誤解を解かないと!
「斗弛弥さん! 変な誤解して意地悪言わないでくださいっ!!」
「ま、葵?」
「こらこら三谷君。学校では『先生』と呼ぶように言ってるだろう?」
息巻いて斗弛弥さんに噛みつけば、隣で慶史が驚いた声あげる。先生とそんなに親しいの? って。
斗弛弥さんは父さんの知り合いだと慶史達には説明していたけど、思い返せば今まで名前で呼ぶほど親しい間柄だということは説明していなかった。
(そりゃ突然先生を名前で呼んで怒り出したら驚くよね……)
配慮が足りなかったと反省する僕が愉快なのか、斗弛弥さんは満足そうに笑ってる。父さん達が言っていた通り斗弛弥さんは本当に意地悪だ。
「特別扱いされてると言われたくないんだろ?」
「ご、ごめんなさい……」
「先生って葵のお父さんの知り合いなんですよね? 葵のことも昔から知ってるんですか?」
慶史は斗弛弥さんに仕事関係の知り合いだったんじゃないのかと尋ねる。その問いかけに斗弛弥さんが答えるより先に僕が口を開き、父さんが学生の頃からの付き合いだとを告げた。
「あぁ、そうなんだ? てっきりおじさんが葵のために派遣した先生なんだと思ってた」
「! 何その勘違い」
「だって柊先生って俺達がクライストに入学した時に赴任してきたんだろ? それでおじさんの知り合いって聞かされてたからてっきりそうなんだろうって」
慶史の弁解に僕は開いた口が塞がらなくなる。
いくら父さんが過保護でも流石にそこまでじゃない。斗弛弥さんが養護教諭になったのは本当に偶然なんだから。
慶史に対して想像力を働かせすぎだと呆れる僕。
だけど、斗弛弥さんはあながち間違いじゃないと笑った。それには僕が驚いてしまう。
「嘘。父さん、斗弛弥さんにそんな無茶なことお願いしたの?」
「三谷君」
「! ご、ごめんなさい。柊先生……」
驚いたまま口を開いたら、何度注意させる気だと呆れられてしまう。
慶史はそんな僕を押し退け、詳しく聞きたいと前のめりに。これは絶対ただの好奇心だ。
「そうだな。養護教諭になったのは確かに偶々だったけど、赴任先にクライストを選んだのは頭を下げられたからだよ」
「ほらやっぱり! おじさんが葵のために派遣したんじゃん!」
「で、でもとし――柊先生ってそんな人だったっけ……?」
いくら頭を下げてお願いされたからって、それで仕事先を決めちゃう人だったっけ?
僕の知ってる斗弛弥さんは、物事を決断する時は自分でしっかり考えて決める人ってイメージだったんだけど……。
(だって、お願いされて決める人なら、病院を止めたりしないよね?)
とても優秀なお医者さんだったから引き留める人は多かったはずだ。それでも斗弛弥さんは誰に引き留められてもお医者さんを辞めてしまった。
そんな人が、知り合いにお願いされたからって快諾するとは思えない。
僕の疑いの目に斗弛弥さんは酷い言われようだと笑う。笑って、感動したんだよ。と言った。
「『感動』ってどういうことですか? ……! ああ! 子供を想う親心にか!」
「残念、藤原君。ハズレだ」
「えぇ? じゃあ何にですか?」
それ以外に考えられないと眉を顰める慶史は答えを知りたいとせっついた。
僕も斗弛弥さんが何に感動したのか必死に考えるんだけど、残念ながら全く分からなかった。
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