問いただすように見つめる僕の視線から逃げるように顔を背ける姫神君。でも、その仕草は僕の質問に対する否定にならないからね？ 　姫神君の反応を待っていれば、隣から聞こえる「確かに」という慶史の声。 「姫神の口から一回も『ホモ』って聞いてない気がする……」 　何度か自分に絡む連中に罵声を浴びせている場面に出くわしたけど、絶対に『ホモ』とは言わず、『ゲイ』と言っていた。 　思い返して確信した慶史は姫神君に「説明しろよ」と凄んだ。 「―――っ」 　僕達の視線に明らかに困っている様子の姫神君。もしかしたら、自身の過去を話そうか迷っているのかもしれない。 （話したくないことを無理矢理喋らせるのは『暴力』だよね） 　僕はさっきの言葉を訂正して欲しいだけで、姫神君の過去を暴きたいわけじゃない。 　だから僕は姫神君が過去を語らず言葉を訂正できるようにもう一度問いかけを投げかけた。 「姫神君。説明し辛い事は話してくれなくていいよ」 「！　葵、何言って―――」 「慶史！」 「っ、分かったよっ！　黙ってるよ！」 　不貞腐れて背もたれに身を任せる慶史の怒りは尤もだと思う。 　でも、姫神君が話せない本当の理由を知ったら、慶史は自己嫌悪に苛まれるに決まってる。だから今は腹立たしいかもしれないけど我慢してもらおう。 「ごめんね、姫神君。……でも、一つだけ聞かせて？」 「…………っんだよ……」 「姫神君は僕達と友達、止めたい？」 　もしここで『止めたい』と言われたらどうしよう。 　内心そんな不安を覚えながらも問いかければ、顰め面だった姫神君の表情が歪んだ。泣きそうだと思ったのは、僕の気のせいだろうか？ 「それは、三谷達だろっ」 「僕達は姫神君と友達でいたいよ？」 　真横から突き刺さる視線は不機嫌な慶史の物。勝手に僕『達』と言ったことに対する抗議だろう。 　でも僕はそんな慶史の視線を無視して身を乗り出すと、答えに困っている姫神君の顔を覗き込んだ。 「俺はっ、……っ、三谷はそう言ってくれても、深町は俺の顔なんて二度と見たくないって思ってるだろ」 「姫神君が『ごめんなさい』って言わなければ、そうかもね」 　もしかして謝らないの？ 　そう尋ねれば、姫神君は反射的にそんなことないと反論した。反論した姫神君は自分の反応に驚いたのか呆然と言葉を失っている様子。 　僕は苦笑交じりに「なら大丈夫だよ」と姫神君に伝えた。誠心誠意謝罪の意を伝えれば朋喜はちゃんと話を聞いてくれるよ。と。 「…………ごめん」 「うん」 「俺は、……俺は三谷のことも、深町のことも『気持ち悪い』なんて思ってない、から……」 「うん」 「酷い事言って、ごめん……」 「うん。ありがとう、謝ってくれて」 　賑やかな教室の喧騒にかき消されそうな程小さな声だったけど、姫神君の声はちゃんと届いた。 　僕は姫神君の言葉をちゃんと受け取ったと頷き、「これからもよろしくね」と笑った。 「それで、俺はいつまで黙ってればいいわけ？」 「姫神君を責めるつもりなら、ずっとかな」 「！　葵！？」 「慶史も聞いてたでしょ？　姫神君は僕達と友達でいたいって言ってくれたんだよ？　それだけじゃダメなの？」 　ジトっと睨んでくる慶史の視線を受け止め問いただす。 　本当に同性愛に否定的なら僕達と友達でいたいと思わないはず。でも、姫神君は友達でいたいと言ってくれた。それが何故か考えれば、真実はおのずと見えてくる。 　人を観察する慶史がその真実に辿り着かないわけがないよね？ 「……なにそれ、狡くない？」 「どうして狡いの？　それ以上に必要な言葉はないよね？」 「だから！　そういう聞き方が狡いって言ってんの！」 　そんな風に言われたら怒り続けてる自分が悪者みたいだ。 　慶史は深い息を吐くと、まだちょっぴり治まらない怒りを込めて姫神君に視線を向け、「二度目はないからな」と釘を刺した。