364 / 551

恋しい人 第79話

「い、嫌なわけないでしょっ」 「声が上擦ってるぞ?」  もう! それはドキドキしてるからだよ! 絶対分かってるでしょ!?  そんな意地悪は要らないよ!? って空を仰ぐように虎君を見上げれば、大好きな笑顔が逆さまに。  やっぱり虎君の笑い顔が大好きだと思っていたら、おでこにチュッとキスが降ってきて……。 「きゃ!」 「っやばっ!!」  僕が反応するよりも先に聞こえる女の子の声。きっと僕達の前で待ってた人達の声だろう。  きゃあきゃあと色めきだっている声を聞きながら、僕は人に見られちゃったよと目だけで訴えてみる。すると虎君は「虫よけ成功かな?」と目尻を下げて見せた。 (今の『虫よけ』って、あれだよね。『自分の恋人に他の人が近づかないように』っていう牽制の意味だよね?)  たぶん解釈は間違いじゃないと思うんだけど、そもそもそういう意味の『虫よけ』が必要なのは虎君の方だよね??  今まで二人一緒にいても女の人に声を掛けられていたのは虎君。僕はだいたいいない者扱いかおまけ扱い。  そのことを忘れているのかな? なんて考えていたら、虎君は僕の考えを見越してなのか「デートの邪魔、されたくないだろ?」と尋ねてきた。 「邪魔されたくないけど、今の、意味あるの?」  僕が虎君に声を掛けてくる人たちに牽制しなくちゃダメじゃない?  そう尋ね返せば、納得できる答えが返ってきた。 「もちろん意味はあるよ。葵は俺の恋人だってアピールすれば、俺は葵の恋人だってアピールにもなるだろ?」 「! そっか! 僕達が恋人同士だって分かったら邪魔する人、いないよね!」  恋人の前でナンパしようとする人なんて早々居ないはず。  流石虎君! ってもたれかかるように身を任せて甘えれば、虎君は僕を抱きしめる腕に力を込めてきた。  ぎゅーって抱きしめられたら体格差のせいで僕は虎君の腕の中にすっぽり納まってしまって、息がし辛くても逃げることができない。 (ちょ、虎君、苦しい! 苦しいよ!?)  後ろから抱きしめられているだけなのに、顔を埋めているわけじゃないのに、息苦しい。それは言葉通り力いっぱい抱きしめられているせいだ。  僕は虎君の腕を叩いて、力を緩めてと訴える。 「! ごめん、葵が可愛すぎてつい力が入った……」 「えぇ? 僕、可愛い事なんて言ってないよ?」 「言葉じゃなくて、仕草の話。……いや、葵の声がもう可愛いから違わなくもないんだけど」  俺をこれ以上夢中にさせないでくれ。  そう言いながら僕の肩に頭を預けるように項垂れてくる虎君。よくわからないけど、僕のことが大好きで堪らないって想いは伝わった。  僕は虎君の髪をよしよしと撫でて「僕も大好きだよ」と想いを返す。  こうやって虎君の頭を撫でる機会なんて滅多にないから、ちょっぴりくすぐったいや。 「……キスして良い?」 「えっと……、頬っぺたに……?」 「いや、口に」  すぐ傍から聞こえる声にドキドキが増す。  違うと分かっていたけど、頬っぺたにキスするの? と確かめれば、虎君は唇にキスしたいと言ってくる。  お店の前には僕達と、きっと僕達の関係を理解しているだろう2人の女の人だけ。確かにそれならちょっとぐらい……と思わないでもない。  でも、通りに面していないお店と言えど行きかう人の姿はもちろんあるわけで……。 「だ、だめっ」 「どうしても?」 「どうしてもっ!」  確かに僕の虎君だってアピールはしたい。他の誰にもこの人は渡さないって主張もしたい。  けど、人前でキスするのは流石に抵抗があった。  きっぱり拒否する僕に、虎君は苦笑い。ダメなことは分かってるけどそんな風に全力で拒否されると傷つく。と。 「だ、だって、虎君とキスすると頭がふわふわして何も考えられなくなるんだもん……」 「! 頼むからそうやって無自覚に煽るの止めてくれ……」  ダメだって分かってるけど我慢したくなくなる。  熱を帯びた眼差しを僕に向け、キスしよ? って誘ってくる虎君。僕は慌ててその視線から逃げるように逆方向に首を捻ると、「ダメだってばっ」と我慢してと訴えた。 (ここは人前っ! 人前!!)  欲に負けちゃダメだと必死に言い聞かせながらも、頭では理性が欲望に圧されているから困った。

ともだちにシェアしよう!