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恋しい人 第82話
「そんな可愛い事言うのは反則だぞ」
「本心だからいいの! ……今すぐじゃなくていいから、僕にはありのままの虎君を見せてね?」
「うーん……。分かった、善処するよ」
できることなら見せたくないって僕を抱きしめる虎君。
好きな人にはいいところしか見せたくない気持ちは、僕にだって分かる。それは僕だって同じだから。でも、それでもできれば知りたいと思う気持ち、虎君だって分かるよね?
虎君に甘えるように擦り寄ると、髪に落ちてくるキス。ちゅっと音がするそれに上を向くと、帰ったらいっぱいキスしようね? って笑った。
「大変お待たせいたしました。お席にご案内しますね」
ウィンドチャイムと共にともに開くドア。振り返ればさっきとは違う店員さんの姿が。
虎君は僕を抱きしめていた腕を解くとそのまま手を握ってくる。
行こうか。と笑いかけてくれる虎君の笑顔は眩しくて、僕はキラキラ光る王子様のようなその表情に思わず目を細めてしまった。
(やっぱりカッコいいなぁ)
店内に入っても離されることのない手は自分達の関係を主張するように恋人繋ぎで少し照れくさい。
案内してくれる店員さんの後ろをついて歩いていれば、突然お店に現れたカッコイイ男の人の姿にお喋りを楽しんでいた女の子たちの声が色めき立つ。
虎君を盗み見るどころか真正面から見つめるその眼差しは熱っぽくて、恋に落ちたよう。
わざわざ振り返ってこちらを見てる人もいて、付き合う前は気にならなかった注目が今はやっぱりモヤモヤしてしまう。
僕が余裕のない独占欲を覚えていたら、店員さんが「こちらのお席にどうぞ」とソファ席に案内してくれる。
虎君は僕の手を放すとカバンを荷物置きとしておかれた籠に入れると上着を脱いで、僕にもコートを脱ぐよう促してくる。
促されるがままコートを脱ぐ僕はその間も背中に突き刺さる視線を感じて、どうやって虎君は僕の恋人だと主張しようかと考えた。
でも、僕が考えるよりも先に行動に移したのが虎君だ。
僕がソファに腰を下ろした後虎君も横並びに座ったんだけど、僕と虎君の間には数センチの距離も無くて、ラブラブなカップルのように密着していた。
「今日はどれ食べる?」
メニューが見やすいように広げてくれる虎君は無意識なのか故意になのか、僕の肩を抱き寄せてくる。『もっと傍においで』と言わんばかりに。
僕は虎君の腕に抗うことなく身体を預け、この前食べたパンケーキ以外がいいなとメニューを選んだ。
(すっごく視線を感じるけど、気のせいじゃないよね……?)
お店側の配慮なのか、僕達が座るソファ席からは他の席を見ることができない。つまり、他の席からは僕達の後ろ姿しか見れないはず。
でもお店に入った時に既に注目されていたから、虎君の容姿はもちろん僕達が男同士だと言うことは分かっているから、興味を持ったのだろう。
視線を気にしすぎていたせいでメニューを見ながらも心は此処に在らず。虎君の声にも生返事をしてしまっていた。
「こら、こっちに集中」
「! ご、ごめんなさい」
耳を後ろに傾けていたら、突然大きな声が脳に届く。物凄くびっくりする僕に、虎君が見せるのは苦笑い。そんなに驚く? と。どうやら耳元で囁かれただけのようだ。
「葵は俺が隣に居るのに他が気になるんだ?」
「ちがっ、そうじゃなくて! ……そうじゃなくて、凄く見られてる気がするから……」
言いながら何も違わないと気づいて尻すぼみに。
僕は背後が気になりながらも虎君を見上げて「虎君は気にならないの?」と尋ねる。凄く見られてることは分かってるよね? と。
すると虎君はクスッと笑うと僕の手からメニューを取り上げると、他のお客さんから見えないようにそれをかざすとチュッと鼻先にキスを落としてきた。
「なっ―――」
「俺的には隠さずしても良かったってことは覚えといて?」
それは全然質問の答えになっていない。でも、顔から湯気が出そうになるほど僕の意識を持っていくには十分過ぎる言動だった。
さっきまであんなに聞こえていた女の子たちの声も、感じていた視線も、全部虎君への想いに塗り替えられ、悪戯な笑顔に無言のまま小さく頷く僕。
虎君はメニューを再び僕の手に戻し、注文するパンケーキを選ぼう? と促してくる。
「……虎君も一緒に食べてくれる?」
「一口ぐらいしか食べれないと思うから、俺は戦力として数えないで欲しいかなぁ」
「じゃあコーヒーだけ?」
「いや、このフィッシュアンドチップスを頼もうかな」
甘い物を食べた後ってしょっぱいものが食べたくなるだろ?
そう言って食事を選ぶ虎君は僕が途中でパンケーキの甘さに飽きてしまう事を見越しているようだ。
「葵はどうする?」
「んー……。ベリーベリーパンケーキにするか、季節限定のサクラパンケーキにするかで迷ってる……」
今食べたいのはベリーベリーパンケーキ。でも、限定メニューも凄く気になる。
いっそどっちも頼みたいぐらいだけど、虎君は甘いものが苦手で僕一人で二つは流石に食べれないから、どちらか選ぶしかないから困った。
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