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恋しい人 第89話

 世界が虎君だけになるなんて、それって凄く幸せなことじゃないかな?  そんな風に考えるぐらい僕は虎君に夢中だから、虎君の独占欲は願ったり叶ったりだと思ったりする。まぁそもそも『部屋に閉じこもって二人きりの世界』なんて非現実的な話なんだけどね。 「虎、そんなところで何してるんだ?」 「! 陽琥さん」  ぎゅっと抱き合っていたら聞こえる声。それは家の中にいるはずの陽琥さんのもので、なんで外に居るんだろう? って思ってしまった。  僕は虎君の腕の中、顔を上げて後ろを振り返る。するとそこにはやっぱり陽琥さんの姿があって、僕は「陽琥さん、どうしたの?」と首を傾げてみせた。  すると陽琥さんが口を開くよりも先に虎君が「すみません、すぐに家の中に入ります」って謝っていて、僕の頭にはクエッションマークが浮かんだ。  虎君は僕の手を握ると「家に入ろう?」って苦笑交じり。  どうして虎君が謝ったのかは分からないけど、言う通りにしないと虎君の立場が拙いということはなんとなくだけど分かった。  僕は頷き、促されるまま家の中へ。すると僕達に少し遅れて陽琥さんも家の中に入ってきて、どうやら陽琥さんは僕達を呼びに出てきたようだ。 「葵、先にリビングに戻っててくれる?」 「え? なんで?」 「虎は俺に用があるからだ」  虎君も一緒に行こうよ。って言おうとしたら、言葉を遮ってくる陽琥さん。  ボディーガードと言う仕事柄のせいか人を観察するように見透かす眼差しは威圧感があって少し怖い。更に陽琥さんは表情の変化が他の人よりもずっと分かり辛い上、抑揚のない低い声も怖さを増す原因でもあった。  普段は僕達を怖がらせないように気を使ってくれている陽琥さん。でも今はその気遣いは無くなっていて、素直に身体は怯んでしまう。 「陽琥さん」 「……すまない、葵。桔梗達が心配しているから早く無事な顔を見せてやってくれ」  無意識に助けを求めるように虎君の上着を握り締めてしまう僕。すると虎君は陽琥さんを注意するように名前を呼んで、陽琥さんもさっきの威圧感が嘘のように柔らかい声色で僕を促してきた。  僕はおずおずと二人を見上げた。陽琥さんが何かに怒っているように感じたのは気のせいなのか確かめるように。  虎君も陽琥さんも僕を見下ろし苦笑いを浮かべている。それが僕をリビングに追いやるためのものだと感じたのは何故だろう……? 「僕、何かした……?」  いや、きっと僕は何かしでかしてしまったのだろう。そうじゃなきゃ陽琥さんがあんなふうに威圧感を露わにすることなんてないはずだ。  僕は一体何をしてしまったのか。分からないことが不安を掻き立て、眉が下がる。  すると陽琥さんは小さく息を吐くと、「違う。やらかしたのは虎だ」と苦笑を濃くした。 「え……? な、なんで? 虎君が何したって言うの?」  だから用があるのは虎君だけだと言う陽琥さんは、僕をこの場から立ち去らせようとする。  でもそれはとても不自然で、僕は返ってこの場から動けなくなる。だって虎君が陽琥さんに怒られるなんて今まで一度も無かったから。 「葵、大丈夫だからリビングに先に行ってて? お願いだから、な?」 「や、やだっ! なんで陽琥さん、虎君のこと怒ってるの?」  怒る理由が分からないから納得できる説明をして欲しいと訴えてしまう僕。虎君はすごく困った顔をしていて、陽琥さんに助けを求めるように視線を逸らしてしまう。  僕は虎君の視線の先を追うように陽琥さんを見た。 「……帰ってきたのにすぐに家に入ってこなかっただろう? 何の連絡もなくそういうことをされると葵に何かあったのかとこっちは最悪の状況を想定するんだ」 「『何の連絡もなく』って、なにそれ……。なんで虎君が陽琥さんに連絡しなくちゃダメなの? だいたい僕が電話したいって言ったから虎君は待っててくれただけで―――」 「葵のことは虎が命に代えても護る。そのために必要な情報は全て俺と共有する。……それが葵にSPをつけない最低限の条件だ」  そうだったよな? って、何それ! 初めて聞いたけど!? (そもそも僕のことは虎君が『命に代えても護る』って何!? そんなこと僕頼んでないし!!)  陽琥さんが口にした初耳の『最低限の条件』に僕は憤怒する。虎君に変な約束させないでよ!! と。  でも、怒る僕を止めるのは陽琥さんじゃなくて虎君で……。 「虎君……?」 「ごめん、葵。……でも、これは俺が自分から言い出したことだから」 「え……? 何を……?」 「葵の傍にSPをつけない代わりに俺が葵のSPになるって」 「! な、何それ……」  虎君の言葉に僕は絶句してしまう。  確かに父さんは世界的大企業の社長で、子供の僕達は他の人よりも危険な目に遭う確率は高いと思う。でも、今まで僕と茂斗はもちろんにも姉さんにすらSPの人は付いていなかったのに、なんで虎君と陽琥さんはそんな話をしているのか理解できなかったのだ。  すると理解できていない僕に陽琥さんはそもそもの認識が間違っていると訂正してきた。 「桔梗にも茂斗にもめのうにも付いてるぞ」 「! 嘘!?」 「嘘じゃない。葵にも初等部の頃は付けていた。もちろん、先輩―――社長にも了承を取っている」  それは本当に初耳すぎて、僕の脳内は完全にパニック状態。だって本当に今の今まで陽琥さん以外の人が僕達を護っているなんて知らなかったんだもん……。

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