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恋しい人 第112話

 今日は可愛い妹の誕生日。そして明日は虎君の家でお家デート。  学校が終わったら楽しいこととドキドキすることが待っていると思うと、らしくもなく早く時間が過ぎないかなと授業が上の空になってしまう。  教壇に立つ先生の板書をぼんやりと眺めていると、教室のあちらこちらで机に突っ伏すクラスメイトの姿が目に入った。 (あ、慶史も眠そう)  隣に視線を向ければほとんど目が閉じている親友の姿。机に突っ伏すような堂々とした居眠りとは違って、授業を受ける気はあると伺えるその姿にクスッと笑いが零れた。  普段の慶史なら僕のこの視線に気づいて『授業受けなよ』とかノートの端に書いて見せてくるだろうに、今日はよほど眠いのか重い瞼に抗えない様子。  昨日の夜、和解したもののぎこちなさの残る朋喜と姫神君のために消灯時間まで悠栖も交えてお喋りしていたと言っていたし、あまり眠れなかったのかもしれない。 (友達とのお喋りって楽しいから眠気がどっか行っちゃうもんね)  きっとみんなが部屋に戻った後も気持ちが昂って眠れなかったのだろう。普段は大人びた慶史だけど、そういう可愛いところがあるってこと、僕は知っているから。  僕は慶史向けていた視線を黒板に戻し、丁寧に文法を説明している先生の声に耳を傾けた。 (あ……。朋喜の背中、綺麗……。やっぱり姿勢が良いからかな……?)  他のクラスメイトの後ろ姿とは全く違うピンと伸びた背筋に惚れ惚れする。男の人の背中と言うには線が細く、女の人の背中と言うには肩幅がある朋喜の後ろ姿は性別を超越した美しさがあった。  きっと小さな頃から茶道で培われた姿勢の良さも相まってのことだろう。僕は可愛くて愛らしい親友の後ろ姿を眺めながら、朋喜はこれからもっと綺麗になるんだろうなと思った。 (そう言えば今朝のホームルームで仮入部の希望届配られたけど、どうしよう? 朋喜はたぶん茶道部に入るだろうし、悠栖は絶対サッカー部だよね? 慶史は中学の頃と同じで茶道部の幽霊部員かな?)  クライストは初等部の高学年から高等部までの間、必ず部活に所属しないといけない。慶史曰く、『全寮制だから生徒に余計な空き時間を作って悪さしないようにっていう学校の方針』らしい。  その方針で言えば僕は別に部活に入らなくてもいいんだけど、僕が家から通っているのは特例中の特例。部活動の方針に関してまで特別扱いは流石に他の生徒への体裁が悪いからと必ず何処かに入部するよう言われていた。 (運動は苦手だし、僕も茶道部でいいかなぁ……)  中等部ではまだ環境に慣れていないこともあって朋喜に誘われるがまま茶道部に入部した僕は、慶史と同じく幽霊部員だった。  家から通っているから部活に顔を出さなくてもいいとは言ってもらっていたけど、真面目に活動する朋喜や他の部員の人達には申し訳なかった。  だから、高校では活動時間が一番短い部活を選ぼうと思っていたんだけど……。 (知らない人しかいない部活に入るって言ったら虎君、絶対心配しちゃうよね)  僕が怖い思いをしないよう、僕が知らないところで沢山僕を守ってくれていた虎君。そんな虎君が、知り合いが一人もいない部活に僕が所属するなんて、心配しないわけがない。  きっとできることなら瑛大と同じ部活に入って欲しいと思っているだろう。でも、それはいろんな意味で不可能だと虎君も分かっているから、せめて慶史達と同じ部活に所属して欲しいと思っていると思う。 (やっぱり、茶道部かな……)  幽霊部員で居続けるのは気が引けるから週に1度のペースで部活に顔を出せば許してもらえるかな?  って、まぁ、そんなに気にするならちゃんと部活動に勤しめって話なんだけどね。 (でも虎君が早く帰れる日は僕も早く帰りたいしなぁ)  部活に対する罪悪感よりも虎君と一緒に過ごす時間が少なくなる方が嫌だから、幽霊部員でいいやと思っちゃう。  自分のワガママ具合に思わず笑いが込み上がってきて、授業中に一人笑っている危ない生徒になってしまう僕。  緩む頬を誰にも見られないようにわざとらしく咳払いをして俯けば、いつの間にか授業が終わる程時間が経過していた。  鳴り響くチャイムの音に顔を上げれば机に突っ伏していたクラスメイト達が身を起こして堂々と伸びをしている。  先生はそれに呆れながらも注意するでもなく、授業の終わりを告げて教室から出て行った。 「やば……、後半殆ど記憶ない……」 「あはは。珍しく目が閉じてるなとは思ってたけど、寝ちゃってたんだ?」 「がっつり寝てたよ……もー最悪……」  やってしまったと机に突っ伏して反省する慶史。  僕は帰り支度を進めながら、勉強なんて最低限でいいと口では言ってるくせに真面目な親友に笑った。 「はぁ。マジ最悪。あの先生、性格悪いんだよね」 「そうなの?」 「そうだよ。寝てる生徒を注意しないのはやる気のない生徒は切り捨てていくスタンスだからだし、黒板消すのが早いのも同じ理由でしょ」  気づいているのにどうして注意しないんだろう? とは思っていたけど、なるほど、そういうことだったのか。  勉強する意欲のある生徒にしか優しくない先生がいるのは知っていたけど、まさか古典の先生がそうだとは思ってもいなかった僕は素直に驚いた。 「……ねぇ、葵。ノートか写真、とってない?」 「! 一応どっちもとってるよ。ノートは復習で使うからかせないけど、写真は後で送るね?」 「助かる。ありがとう」 「へぇー。藤原って意外と真面目なんだな」  分からないところがあったら電話で聞いていいかと尋ねてくる慶史に僕が二つ返事を返していれば、既に帰り支度を終えた姫神君の姿が。  慶史は姫神君の言葉にぴくっと眉を動かし、どういう意味だと突っかかる。 「いや、藤原って古典とか興味なさそうだから授業聞いてないからってわざわざ復習するとは思ってなかったんだよ」 「別に興味はないけど成績落とすわけにいかねーから仕方なしに、だよ」 「ますます意外だ。成績、気にするんだな」  心底意外だと言わんばかりの姫神君は、「金持ちでも成績とか気にするんだな」と呟いた。  それは物凄く偏見に満ちた言葉だったけど、姫神君の表情から悪気がない事は分かっていたから思わず苦笑いが零れてしまった。

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