420 / 551

恋しい人 第135話

 好きな人に、愛した人に求めて欲しいと望むことは悪い事じゃない。  でも、自分がとても汚らわしい人間のように思えて恥ずかしかった。できることなら、今すぐ虎君の傍から消えてしまいたかった。 (どうしてただ好きだけじゃダメなの……? どうして触りたいって、触って欲しいって思っちゃうの……)  虎君は望んでいないと分かっている。それなのに僕はまだ卑しいまでに虎君と愛し合いたいと望んでしまっている。  それが辛いし恥ずかしいしで、僕はどうしていいか分からなくなる。  虎君はそんな僕を抱き締め、その大きな手で僕を落ち着かせるように髪を撫で続けてくれていた。 (こんなに、こんなに好きなのに……)  いや、『こんなに好きだからこそ』、虎君と愛し合いたい。  でも、一方的な想いで愛し合いたいとは思わないから、僕はちゃんと欲を我慢するから今だけは許して欲しいと虎君にしがみついた。 「! え……?」 「怖がらないで……。意地でも鎮めるから」  強く抱きついてしまったから密着した身体。そのせいか、僕の足に当たったのは硬い何か。  それが何かすぐに分かった僕が驚いて顔を上げたら、虎君は離れないでと僕を強く抱きしめてきた。 (ど、して……? 虎君、したくないんじゃないの……?)  愛し合いたいと思ってないはずなのに、どうして大きくなってるの……?  僕の太ももに当たっているのは硬くなった虎君の局部で、それは『僅かな反応』ではなく明らかな反応に思えた。  戸惑いながらも虎君を見つめれば、視線に気づいた虎君は困ったように笑って「ごめん」と謝ってきた。  でも僕が欲しいのは謝罪の言葉じゃなくて、何故こうなっているかの説明だ。 「そんな顔で見ないで。……でも、出来るなら言い訳させて欲しい」 「『言い訳』……?」 「好きな子が裸で自分のベッドにいたら大抵の男ならこうなるってちゃんと分かってて」  だから、頼むから次からは不用意に可愛く誘惑しないで欲しい。  そう言ってくる虎君に、僕は言葉選びが間違っていると思った。  だって今の言い方だと虎君は愛し合いたいと思ってるけど僕が嫌がっているみたいだ。実際は真逆なのに。 「……どうした?」 「エッチしたくないのは、虎君でしょ……?」 「え?」  何か言いたそうな視線に気づいた虎君が促してくるから、僕は率直な言葉で尋ねた。抱き合うだけがいいんだよね? と。  すると虎君は物凄く驚いた顔で僕を見下ろしてきた。その視線は『何を言ってるか分からない』と言わんばかりだ。 「そんなわけないだろ? したくないのにこんな風になるわけないだろ?」  葵を抱きたいから勃ってるのになんでそんな風に思うんだ?  自分が誤解させるようなことをしたのかと尋ねてくる虎君。僕はその言葉に「本当に?」と尋ね返した。本当に僕とエッチしたいと思ってくれているの? と。 「だから、したいからこうなってるんだって」 「で、でも……」 「『でも』、何? 勘違いした理由、ちゃんと教えて?」  虎君の懇願するような表情に胸がきゅんとなる。  はっきりと『勘違い』と言ってもらえて安心した僕は虎君に抱き着き、不安を感じた理由を正直に話すことができた。 (僕と愛し合いたいから、こんなに硬くなってるんだよね……?)  密着すると伝わる虎君の興奮。それが嬉しくて、ドキドキして、自分が恥ずかしいぐらい期待してると分かった。 「どうして虎君はそんなに普通なの……? 僕は、……僕はこんなにいっぱいいっぱいなのに……」 「それは―――、……それは、頑張ってカッコつけてるだけだよ」  本当は死ぬほど緊張してるし、なんなら自分でも引くほどがっついてる。  苦笑交じりにそう言った虎君は「今も頭ん中で素数数えてる」と困ったような笑顔を見せてくれた。 「絶対に葵を傷つけたくないんだ。……痛い思いも、させたくない……」 「虎君……。……でも、僕は平気だよ……? ちょっと痛いぐらいなら、我慢できるよ……?」 「またそんなこと言って誘惑してくる。悪い子だな、葵は」  落ちてくるのは唇に吸い付くようなキス。何度も落ちてくるキスを受け取りながら、僕は唇への愛撫の合間に本心だと伝えた。虎君と愛し合えるのなら平気だよ。と。 「それでも、ダメだ。……もし痛い思いをしてもうしたくないって思われたら俺が困るし」 「! それ僕の心配じゃない」 「違うって。もちろん一番は葵の心配だから拗ねないでくれよ」  この状況で苛めないでくれよ。  そう笑いながらキス繰り返す虎君に僕はその首に腕をまわし、「ご機嫌とって」と笑いながらもっと幸せになれるキスをねだった。

ともだちにシェアしよう!