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恋しい人 第138話

 もう虎君はそういう意味で僕に触れていない。本当にただ見つめているだけ。でも、それなのに何故か身体の熱は引くどころかますます燃え盛って、さっきよりもずっと苦しかった。 「と、らく……、なんで……? なんでぇ……?」 「ん? 何が?」 「なんで、触ってくれないのぉ……」  身体が切なくて苦しいと訴えるも、虎君は触ってはくれない。ただ愛しげに僕を見つめているだけ……。 (なんで触ってくれないの? 僕、こんなに苦しいのに……。虎君に触って欲しくておかしくなりそうなのに……)  虎君の上着を握り締め、しがみつくように擦り寄れば鼻腔を擽る虎君の匂い。  いつもならその香りに包まれれば落ち着くはずなのに、今は落ち着くどころか余計に虎君が恋しくなってしまった。  早くその手で触れてと願い身体ごと虎君に密着する僕。すると衣類越しにもはっきりと感じる虎君の興奮に、僕は下肢から熱くてむず痒いような何かがせり上がってくることを感じた。 「とらくんっ……とらくぅ……」 「こら。俺がいるのに一人で楽しまないの」 「だ、て、だってぇ……とらく、さわってよぉ……」  気が付けば虎君の足に自分の下肢を押し付けてしまっていた。  腰を揺らして快楽を追い求めている自分を後から冷静な自分が思い返せば、僕はきっと顔から火が出そうなほど恥ずかしいと思うに違いない。  けど、それでもやっぱり今はこの切なさをどうにかすることしか考えられなくて……。 「触って欲しい?」 「うん……。はやくぅ……」 「なら、もう『ヤダ』も『ダメ』も言わないで? 気持ちいいならちゃんとそう言って……?」  どうやら触ってもらえなかったのはさっき口走った『だめ』という言葉のせいだったみたいだ。  僕は何度も頷き、ダメじゃないから触って欲しいと虎君の首筋に噛みついた。  ごくりと上下する喉仏を感じ、高まる欲。いやらしいまでに腰を動かして今か今かと虎君のぬくもりを待った。 「一緒に気持ちよくなろうな」 「うんっ……。なるっ。なるぅ……」  気持ちよくなろうと言ってくれるけど、まだ触ってもらえないから切なさで気が狂いそう。  早くと急く気持ちが抑えられない僕はより虎君に密着するように腰を摺り寄せてしまった。  でも、ほんの僅かに強くなった快楽は途端薄くなってまた僕を苦しめる。  何が起こったのかすぐには分からなかったけど、虎君に引き離されたと理解はできた。 「なんで? なんでぇ……?」  どうして拒絶するの? 愛し合っているのに、どうして……?  ただただ苦しくて訳がわからなくて涙声が出る。すると虎君はさっきとは打って変わって僕を抱き寄せてきて……。  抱き寄せるのならどうしてさっき拒絶されたのか。  そんな疑問が苦しいながらも浮かびそうになったけど、改めて密着してどうして引き離されたか理由が分かった。 「あっついよぉ……」 「ん。俺もちょっと限界だから、ごめん」  心臓がよりいっそうドキドキして煩い。  でも、仕方ないよね? こんな風に虎君に触れるのは初めてなんだから、ドキドキするのは当たり前だよね……? 「あんっ、きもちぃ、とらくっ、あっついぃ……とらく、とらくっ……」  碌に言葉が紡げなくなった僕の口から零れるのは喘ぎ声。  さっきまで身体の内側で燃えていた熱は更に熱くなり、そして僕の局部にはもっと熱くて硬い虎君の熱が触れていて、更にはそれらを握るように扱かれる。  下半身から身体が解けてしまいそうな程の熱を感じながら僕は快楽に身悶える。  身体を仰け反らせ、真っ白なシーツを握り締め、込み上がってくる絶頂感に訳が分からなくなる。 「葵っ、はぁっ、愛してるっ、葵愛してるっ」 「とらく、でるっ、でちゃうっ」 「いいよっ。俺も限界だから一緒にイこうっ?」  限界を訴える僕の耳に届く、虎君の苦し気な声。  快楽に呑まれながら虎君の姿を探せば、今まで見た事のない顔をした虎君が僕を見下ろしていた。  僕の全てが欲しいと訴えるような眼差しは熱に浮かされていて、いつもの優しい虎君はそこにはいない。  欲を孕んだその表情は言うなれば飢えた獣のような荒々しさを秘めているようにも思えた。けど―――。 (虎君、大好き……)  僕は初めて出会った虎君の新たな一面にどうしようもないほど興奮し、『この人のものになりたい』と呆れるほど強く願い、そして僕だけの虎君を想いながら果てた。

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