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恋しい人 第151話

「虎君……?」 「……昨日葵が眠った後、今日葵を俺のものにするためにちゃんと手順を確認しようと思って知り合いに相談したんだ」 「そ、そう、なんだ……」  虎君が言い淀みながらも話し始めた内容に、何故か僕が照れてしまう。  虎君に求めてもらって嬉しいって感情とか、誰に相談したの? って嫉妬じみた感情とか、その相手は僕達が今日エッチするって知ってるんだ……って恥ずかしさを含んだ感情とか色々ごちゃ混ぜ。  虎君はそんな僕に気づいているのか、さらに強く抱きしめると「その時言われた」と言って口を噤んでしまった。 「な、何を言われたの?」  尋ねても虎君は僕を抱きしめる腕を強くするだけで答えてはくれない。  正直、訳が分からない。でも、虎君が相談した相手に言われた言葉に『不安』を抱いたことは分かった。だから―――。 「ねぇ虎君。これは、僕達2人のことだよ?」 「え?」 「その人に何を言われたか分からないけど、僕は、僕達のことは僕達で決めたい……」  大切なのはその人じゃないよね?  なんて、これはただの独占欲だった。でも、僕と虎君のことを他の人に口出しされたくないんだもん。ましてやどこの誰かもわからない人ならなおさら。  これを子供みたいな独占欲だと虎君は笑うだろうか?  そんな不安を抱きながらもぎゅっと抱き着き返せば、虎君は今まで以上に強く抱きしめてきて息苦しさを覚えた。 「ごめん、葵。……それと、ありがとう」 「虎君は僕の虎君だもん……」 「大丈夫。俺は葵だけのものだよ」  本当、嫉妬丸出しでカッコ悪い。でも虎君は嬉しいって言ってくれるから、まぁいいや。  僕は虎君の声に明るさが戻って安心して、その胸に頬を摺り寄せるように甘えた。すると虎君はそんな僕の髪にキスを落とし、さっき途切れた話を再開させた。 「相談した相手は海音の知り合いでゲイバーでバーテンしてる雲英ってやつだったんだけど、そいつに言われたんだよ。『相手に大怪我させたいのか』って」  ちゃんと説明してくれるのは嬉しい。でも、情報量が多すぎて僕の頭は一気にパンク寸前になってしまう。  海音君の知り合いにゲイバーのバーテンをしてる人がいるなんて初耳だし、『雲英』って名前も今まで虎君からも海音君からも聞いたことが無かった。  おそらく雲英さんは男の人でゲイなんだろうってことは理解できたけど、虎君が相談する相手に選ぶほど仲が良い相手なのに今まで存在すら知らなかったなんてショック過ぎる。  そもそも、本当に海音君の知り合いなの? 海音君の知り合いだから知ってるって言われても全然納得できないからね? 「『ヤリマンでもお前の凶器を挿れるとか恐怖なのに、処女相手とか最悪障害残る可能性もあるんだぞ』って凄い勢いで捲し立てられて、自分がどれほど危ない事をしようとしてたか思い知らされた」  僕の混乱を他所に話を続ける虎君はパンク寸前だった頭に追い打ちをかけてくる。 (その言い方だと『雲英』さんは虎君の裸、見たことあるってこと……? なんで? 虎君、僕だけって……僕が初めてだって、言ってたよね……?)  もしかして、エッチ出来なかっただけで本当は他の誰かとしようとしていたの?  考えついた最悪の可能性に身体から血の気が引いてゆく。  他の誰かを虎君が愛そうとしていた。それは僕と恋人同士になる前のことで、僕が虎君の気持ちを知らなかった頃のことだと分かってる。  分かってるけど、その過去が嫌で嫌で仕方なかった。僕だけの虎君なのに。虎君は僕の虎君なのに。 (なにが『最後の人になれればいい』だよ。そんなの、綺麗事じゃないか!)  昨日までは本気でそう思っていたはずなのに、それがただの上辺だけの綺麗事だったと今はっきりと気付かされた。  僕は虎君を誰にも渡したくないし、虎君には僕だけを愛していて欲しい。  それは醜いまでの独占欲。そして綺麗事の下に隠れていたのは、どろどろした嫉妬心……。 「虎君」 「ん? 何?」 「今すぐエッチしよ。今すぐ僕のこと、抱いて」  話を続けていた虎君だけど、正直何を言われているかもう分からなかった。  僕は自分の奥底から溢れ出す醜い感情を止めることができず、虎君の話を遮って愛して欲しいと強請った。 「! ちょ、葵!? やめっ、今の話聞いてただろ!?」 「ヤダ! 今すぐ抱いて!!」  誘うように口づけ、虎君の服に手を入れる。どれもこれも拙すぎてその気になってもらえるとは思えないと分かっていたけど、なんとしてでも今すぐ愛して欲しかったから必死だった。  けど、テクニックもない、雰囲気を作ることもできない僕の誘いにその気になれと言う方が無理な話なのか、虎君は僕を強引に引き離し、「葵!」と声を荒げ牽制するように僕の名前を呼んだ。 (なんで? なんでっ……)  虎君に拒まれた悲しみがぐちゃぐちゃだった感情に拍車をかけ、我慢できない。  僕は自分の頬にぼろぼろと涙が零れるのを感じ、それがまた一層辛さを際立たせ、最後には小さな子どもみたいに声をあげて泣き出してしまった。 「なんでっ……なんでぇ……僕だけって言ったのにっ、言ったのにぃぃ……」

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