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恋しい人 第156話

 虎君は僕が『僕』だから好きだと言ってくれていてた。ずっと、ずっと『僕』だから愛してると言ってくれていた。  それなのに僕はそんな虎君の愛に唾を吐いてしまった。エッチができないショックのせいと言えど、虎君の愛を疑って自分を卑下する言葉を口にしてしまった。  自分が同じことをされたら、虎君と同じように―――いや、それ以上に怒るに決まってる。そして、怒ると同時に悲しくなるに決まってる……。 「ごめっ、……ごめんなさいっ、虎君、ごめんなさいぃ」  ボロボロ涙を零しながら必死に謝る。今度は言葉だけの『ごめん』じゃなくて、ちゃんと理解した上での『ごめんなさい』。 「僕……、僕、どうしても虎君とエッチしたかったの。虎君に全部、愛されたかったのぉ……」  だから女の子の身体になりたかった。虎君の愛を疑ってるからじゃなくて、自分の欲望のために口走ってしまった言葉だからどうか許して……。  そう涙ながらに謝れば、虎君はこれ以上泣かないでと目尻にキスをくれた。  涙を拭うように触れる唇に泣き止まないとと思うのに涙はますます零れてしまう。虎君は「意地悪してごめん」と言いながら何度も何度もキスしてくれた。 「葵は俺とエッチしたいから女の子がよかったって思ったんだな。……男だとエッチできないから、って」 「ぅ……、苛めないでよぉ……」  ちゃんと反省してるから蒸し返さないで。  そう涙声で訴えれば、虎君は苛めてるんじゃないと笑った。笑って、むしろその勘違いなら納得できたと僕を見つめてくる。 「か、『勘違い』って……?」 「葵は『男同士だとセックスできない』って思ってるんだろ?」 「だ、だって、そうなんでしょ? 雲英さんがそう言ったって、虎君が―――」 「準備もなくいきなり挿れようとするなとは言われたけど、出来ないとは言われてないかな」 「え?」  意味が分からない僕は『どういうこと?』と虎君を見つめる。すると虎君は耳元に唇を寄せると、 「ちゃんと時間をかけるから、頑張ってくれる?」  なんて囁いてきた。  何に時間をかけるかは分からなかったけど、でも、僕が頑張ればエッチできるということは分かった。だから僕は僕を見つめる虎君にキスを贈る。頑張るよ。と想いを込めて。 「はぁ……、早く葵を俺のものにしたい……」 「僕も……。早く虎君のものになりたい……」  可愛い過ぎると抱きしめてくれる腕は、幸せと安心で僕の心を満たす。  早く虎君と身も心も結ばれたいと願いその胸に頬を摺り寄せれば、自分も同じ気持ちだと髪にキスをくれる僕が恋焦がれる人。  唇へのキスが欲しくて上を向けば、優しい笑顔と共に望んだそれが落ちてきて……。 「葵だけを愛してる。だから、これからもずっと大切にさせて欲しい」 「僕も。僕も虎君だけを愛してる……ずっとずっと、虎君だけ……」  想いを告げ目を閉じるのは、虎君がまたキスをくれるから。  唇に吸い付くキスは、触れるだけ。でも、触れ合いたいという想いからかいつもよりも長いキスに今まで以上に胸がいっぱいになる。 (キスが甘いって言ったら、虎君は笑うかな……?)  唇に触れているだけだから本来なら甘さなんて感じるわけがない。それなのに、心が蕩けそうになるほど甘いと感じてしまうから不思議だった。  ずっとこうしていたいと思うほど心地良いキス。唇が離れれば寂しいと感じて恋しさが増した。 「おかしいな。葵は今此処に居るのに、恋しくて堪らない」 「僕も同じこと考えてた」 「本当に?」 「うん。虎君はこんなに近くにいてくれるのに、虎君が恋しいって、淋しいって思った……」  同じだねって笑ったら、同じだなって笑顔が返ってくる。たったそれだけのことが堪らなく幸せで、また涙ぐんでしまいそうになった。  額を小突き合わせてくる虎君は、これからもこうやって一緒に過ごそうと言ってくれる。こうやって沢山話して、沢山笑って、時々喧嘩して、お互いのことをもっと好きになろう。と。  僕は幸せを噛みしめ微笑み、喧嘩した後は沢山キスしようね? と約束を持ち掛けてみる。虎君から返ってくるのは「もちろん」という飛び切りの笑顔。 (あぁ……僕、本当に虎君のこと好きになってよかった……)  抱えきれない程の愛を注がれ、満たされる。  そして同時に思う。身体を重ねなくともこんなに幸せになれるんだから、身体を重ね愛し合ったらきっともっともっと幸せになれるに違いない。と。  思い描く幸せに包まれるのはもう少し先の話になっちゃったけど、僕達の想いは一緒だと分かっているから、おあずけになった時間も楽しもうと思えた。 「ねぇ、虎君。これからは偶にでいいから泊まりに来ていい……?」 「もちろん。……むしろこれから週末は葵とこうやって過ごせると思ってた」  だって愛し合うために頑張ってくれるんだろ?  そう笑顔で尋ねてくる虎君に僕は喜びに頬を緩ませ、頷く。  すると、また落ちてくるキス。僕は近くなる距離に目を閉じ、ゼロになった二人の距離に少しのくすぐったさを感じた。 「……昼ご飯、食べようか?」 「ん……」  頬を撫で微笑む虎君にときめきを隠せない。  真っ直ぐに惜しみない愛を注がれ、喜びをかみしめて頷く僕は遠くない未来を想い描き、少し離れただけで恋しく想ってしまう人にもう一度だけとキスを贈った。

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