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初めての人 第2話
「いつものパジャマ姿なら桔梗達も見てるし100歩譲って我慢できるけど、『彼シャツ』姿は絶対にダメだ」
だから着替える前にカーテンを開けちゃダメだよ。分かった?
そう言葉を投げかけてくる虎君に僕は無言のまま何度も頷き、『分かった』と意思表示。
それに納得したのか、虎君は笑顔を残して寝室を後にした。
寝室に残された僕は熱くなった頬を冷ますように手で包み込み、唸り声をあげて再びベッドに横たわってしまった。
「あんなのズルいよっ」
不意打ちに完全にノックアウト。でもこれって仕方ないよね? 大好きな人にあんなこと言われたら誰だってこんな風になるよね!?
身悶えるようにベッドの上でゴロゴロとしてしまう僕だけど、ここは虎君の家で今僕がいるのは虎君のベッドだからゴロゴロすればするほど虎君を傍に感じてしまってドキドキは酷くなる一方だった。
「―――っ、ダメだっ! 起きよう!!」
虎君は此処にいないのに抱きしめられているような錯覚を覚えた僕は勢いよく体を起こし、足早にベッドを降りた。
もう何度も過ごしている虎君の家のベッドルーム。
熱くなった顔を冷ますように手で扇ぎながら部屋を見渡すと、所々に自分の私物が目に入って頬が緩んでしまう。
(虎君の家にお泊りするようになってもう4か月も経つし僕の物が増えるのも当然なんだけど、こういうの見ると、これから先のこととか色々想像しちゃうなぁ)
付き合ってまだ一年も経っていないのに未来のことを思い描くなんて気が早いと笑われるかもしれない。
でも僕は、僕達はずっと一緒にいるつもりだから、先のことを考えてしまうのは至極当然のことだった。
(今もずっと一緒って言えば一緒だけど、僕が社会人になったら虎君と一緒の家に帰りたいなぁ……)
虎君に『おかえりなさい』って言ってあげたいし、『おかえり』って言って欲しい。
そんなことを考える僕が思い浮かべるのは、父さんと母さんの姿だった。僕にとって二人はまさに理想の夫婦だったから。
(僕も虎君も男だから『夫婦』にはなれないけどね)
こんなに大好きなのに、愛してるのに、僕達の関係はまだまだマイノリティ。
お互いを思い合う気持ちは他の人達と何も変わらないのに、同性と言うだけで法律的に認められないなんてやっぱり変だとも思ってしまう。
だから、いつか僕達の想いを異端だと言われない世界になって欲しいと思う……。
(まぁ、認めてもらえなくても絶対離れたりしないんだけどね)
ちょっと前までは虎君と一緒にいるだけで十分だったのに、関係が少し進んだせいか僕は随分欲張りになったと思う。
虎君のことが本当に大好きだから、本当に心から愛してるから、ずっとずっと一緒にいたいと思ってしまう……。
(ねぇ虎君、僕、もう虎君なしじゃ生きていけないよ……)
借りていた服を脱いで自分の物に袖を通しながら、ついつい語りかけてしまう。だから早く身も心もちゃんと結ばれたいよ……。と。
「それなのに……。あーあ。夏休みがもう終わっちゃう……」
カーテンを開ければ燦燦と降り注ぐ太陽の光が眩しくて目を細めてしまう。室内に居るのに自分の手で影を作って空を見上げれば雲一つない晴天で今日も暑そうだと苦笑が漏れた。
朝食を用意してくれている虎君を待たせるわけにはいかないから、僕は青空を見上げることを切り上げ、踵を返すとベッドルームを後にした。
(凄く大事にしてもらってるって分かってるけど、大事にしてもらうだけじゃヤダって思うのはワガママなのかなぁ)
リビングに直行したい気持ちをグッと堪えて洗面所に向かうと冷水で顔を洗う僕は、4か月前からゆっくりとしか進んでいない関係にちょっぴり不満を抱いている自分の顔と対面することになる。
鏡に映った自分の肌艶はよく、無理矢理笑顔を作ればそれなりに見える。でも、笑顔を止めれば肌艶は良くても自信はなさげだった。
(虎君とエッチしたい、なぁ……)
思わず漏れる溜め息がタオルに吹きかかる。
満たされているのに満たされていない自分を鏡越しに見つめ、欲求不満過ぎると自分を「エッチ」と詰った。
(大切にされてるって分かってるよ。本当、宝物みたいに大事にしてもらってるって、分かってる。でも、でも……)
沢山抱き締めてくれるし、沢山キスしてくれる。週末のお泊りでは沢山触れてくれるし、『愛し合うための準備』もちゃんと進んでる。
僕達の想いは一緒だし、焦る必要はないってちゃんと理解はしてる。
それなのに、どうして『足りない』と思ってしまうんだろう……。
(もう平気なのに……)
思い出すのは昨日の夜のこと。いつもと同じように触れてくれた虎君は、虎君が欲しいと泣いて求める僕を宥めただけで抱いてはくれなかった。
『まだダメだ』って苦しそうだったその表情は僕を『抱きたい』と物語っていたのに、どうして『ダメ』なんて言うんだろう。
(もうずっとおしり触ってくれているのにまだ挿いらないって、男同士で愛し合うのって大変すぎだよ……)
以前ほどの羞恥は無いにしても、何度されてもおしりを触れるのはやっぱり恥ずかしい。
でも、それでも虎君と愛し合いたいから我慢してるのに、まだ一度も愛し合えていないから悶々としてしまう。
「……虎君のバカ」
痛くてもいいから、僕のこと、ちゃんと愛してよ……。
虎君の性格を考えたら絶対無理だって分かってるけど、此処までくると『奪われたい』って思っちゃう。
と、下げていた視線を戻せば、鏡に映る自分がさっきよりもずっともの欲しそうな顔をしていることに気づいた。
朝からエッチなことばっかり考えてしまっている自分と目が合って、漸く我に返った僕は自分を制するためにほっぺたを叩くと僕は急いでリビングに向かう事にした。
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