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初めての人 第7話
「あのね、虎君には話してなかったんだけど、夏休み前、ちょっと色々あって悠栖と那鳥君が変な感じだったの」
「え? 天野と姫神の話? 藤原じゃなくて?」
話の流れ的に慶史の話だと思っていただろう虎君は、突然出てきた名前に驚いた顔をする。
僕はそれに慶史が意地悪なことを言う理由を話してると伝え、言葉を続けた。
「変な感じって言っても喧嘩とかじゃなくて、悠栖が那鳥君のことを避けてるっていうか、悠栖の幼馴染の汐君が那鳥君と仲良くなってから様子がおかしかったっていうか……。とにかく、那鳥君と距離を取ってる感じだったの」
「それは……、なんだか天野らしくないな。友達を避けるとかしなさそうなのに」
「そうだよね。僕も『なんでだろう?』って思ってた。慶史と朋喜は汐君を取られて拗ねてるだけだって言ってたんだけど、そもそも汐君を那鳥君に紹介したのは悠栖なんだよね」
「自分が紹介しておいていざ二人が仲良くなったら拗ねたってことか」
「そう。そういうところも悠栖らしくないなって思ってたんだけど、夏休みに入ってから色々あったらしくて……」
思わず口籠ってしまうのは、色々あった後の話をしていいか迷ったから。なんとなく、この話をしたら虎君が悠栖のことを警戒しちゃう気がしたから言いにくいと思っちゃった。
(でもこれって自意識過剰、だよね。恥ずかしいな、僕)
これから話す内容が悠栖に男の恋人ができたというものだとしても、それを聞いた虎君が、僕と悠栖がどうこうなるとか考える、なんてどうして思うのか。
自惚れが強い自分に恥ずかしさを覚え黙り込んでしまった僕。虎君はそんな僕の名前を呼び、どうかしたのかと心配そうな顔を見せてきた。
「なんでもない。……あのね、虎君。実は、お盆前に悠栖に恋人ができたの」
「天野に? えっと、それは、おめでとう?」
「慶史の話だと毎日幸せオーラ全開で鬱陶しいぐらいなんだって」
「そうなのか……。まぁ、今まで恋人がいなかったみたいだし、初めてできた恋人なら浮かれるよな」
僕の話の意図は分からないものの、虎君は悠栖の幸せを純粋に喜んでくれているようだった。
僕はそれにホッとして、やっぱり自意識過剰だったと内心自分自身に苦笑いだ。
「本当に浮かれてるみたいで、毎日どっちかの部屋で就寝点呼ギリギリまで過ごしてるんだって。朋喜が凄い迷惑してるって言ってた」
慶史から自分の部屋が朋喜の避難場所にされてると愚痴を聞かされたと笑いながら伝える僕。
でも、虎君は僕の言葉に「え……?」と顔を引き攣らせた。
「天野の恋人は、女の子じゃないのか……?」
「あ。違うよ。悠栖の恋人は、さっき話した汐君だよ」
分かり辛かったよね。ごめんね?
説明が下手すぎるよね。と苦笑を漏らす僕に、虎君は「そんなことないよ」と言いながらも動揺を隠せていない。
明らかに困惑したその様子に、今度は僕が虎君の名前を呼んでどうしたのかと尋ねてしまう。
「いや……。ちょっと、自分の認識の甘さに眩暈がした……」
「? なんのこと?」
「学校が始まったら近いうちに天野と話さないとな、ってこと。天野の言葉を信じ切ってた自分を殴りたい」
「虎君?」
「葵。悪いけど、話をつけるまで天野と二人きりにならないようにして欲しい」
懇願するように向けられる視線。それに僕は『もしかして……』と、さっき自分が自意識過剰だと思ったことは全然自意識過剰じゃなかったと理解できた。
僕は、僕のことが大好き過ぎる虎君に笑う。愛しくて。
「心配しなくても悠栖と僕はただの友達だから二人きりになっても絶対何も起こらないよ?」
「今はそうかもしれないけど、絶対男を好きにならないって豪語してた天野に男の恋人ができたんだ。『絶対』なんて言葉がこの世で一番あてにならない証拠だろ」
「確かにそうだけど、悠栖が好きなのは汐君だよ?」
「今は、だろ。同性同士の恋愛に対する偏見が無くなった今、天野が葵のことを好きにならない保証はないだろ」
だから絶対二人きりになるのはダメ。
そう言って頑なな虎君を説得するのは難しそうだ。
僕は仕方ないから「分かった」と頷く。悠栖のことが信頼できるようになったら二人きりになっても許してね? と。
すると、虎君は苦虫を噛み潰したような顔で物凄く不本意そうに「分かった」って頷いた。
「虎君のヤキモチ妬き」
「何とでも言えばいいさ。俺、言ったよな? 『絶対に逃がしてやらない』って」
「ふふ。僕は何処にも逃げないよ。虎君の隣が僕の居場所だもん」
今更後悔しても遅いって言う虎君だけど、これっぽちも後悔なんてしてないからヤキモチ妬きな虎君が可愛くてついつい笑ってしまう僕。
大好きな人にこんなに愛されてるなんて幸せ。きっとそれを慶史に言えば理解できないと言われるだろう。独占欲が怖すぎる。と。
確かに、これが一方的な独占欲なら、怖いと感じるのかもしれない。でも、僕にも虎君に負けず劣らずの独占欲があるから、怖いなんて思わない。むしろ幸せで堪らなくなるというものだ。
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