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初めての人 第21話

 僕はその声にビックリして、思わず肩を震わせてしまう。那鳥君の怒鳴り声が怖くて、軽い気持ちで噂話を口にした自分を反省するよりも先に反射的に謝ってしまった。形だけの謝罪は事態を悪化させるだけなのに。  ごめんと口にした後、すぐにそれに気づいて那鳥君の逆鱗に触れてしまわないかと恐怖する僕。そんな僕の隣では慶史が楽しげな声で「そんな怒るなよ」って笑うから、絶対に那鳥君を更に怒らせてしまうと青褪めてしまう。でも―――。 「本当、那鳥は素直じゃないよな。いい加減認めちゃえば楽になれるのに」 「! 煩いっ!」 「まぁ、今まで貫いてきたアイデンティティ的なものが全部ひっくり返っちゃうから簡単に認められないってのは分かるけど、こんなにあからさまなのに抵抗するとか、傍から見れば無駄な足掻きでしかないからな?」 「黙れ! マジで黙れっ!!」  ペラペラと喋り続ける慶史。何のことを言っている変わらず呆然とする僕の隣ではそんな慶史の口を塞ぐためか首を絞めて黙らそうとする那鳥君が顔を真っ赤にしていた。  完全に置いてけぼりにされている僕は暫くじゃれる二人を眺めていたけど、教室に戻るところだったのと『絶対に安全』とはやっぱり思えない状態にとりあえず一旦二人を止めて体育館を出ないとと思った。 「あ、あの、話の続きは後にして教室、戻ろ? ホームルーム、始まっちゃうし、ね?」 「! ほら、葵がお願いしてるぞ。どうする、那鳥?」 「お前ってやつは本当にムカつく性格してるよな!」 「それは誉め言葉として受け取っておくよ。……お待たせ、葵。行こう?」  那鳥君をからかう事に満足したのか、笑顔で僕に向き直る慶史は背中を押して促してくる。  それに抗わずに足を進めるわけだけど、それでもさっきのやり取りが気になって結局体育館を出たところで何の話をしていたのかと二人に尋ねてしまう。 「やっぱり葵には分かんなかったか」 「わ、分かんないよ」 「ああもう。そんな声出さなくても後でちゃんと話してあげるってば。ね。那鳥」  慶史は始終ニヤニヤしている。絶対に悪巧みをしているだろうその笑みに那鳥君は頭が痛いと項垂れ、今日は部活を休んで僕達に付き合うと言ってきた。  真面目な那鳥君らしからぬ発言に、わざわざ休んでくれなくても大丈夫だと僕は慌てる。でも那鳥君は僕のためじゃなくて自分のためだとまた溜め息を吐いて……。 「慶史に任せたらあることないこと吹き込まれそうだしな」 「酷いなぁ。ないことはちょっとしか言わないって」 「その『ちょっと』も言うなって言ってるんだよ。俺は」 「えぇー。多少の脚色が無いと話が盛り上がらないじゃん」  不満を訴える慶史だけど、僕は盛り上がる話よりも真実を教えて欲しい。  だから、もしも那鳥君の都合がつくなら一緒に話したいとお願いすることにした。  那鳥君は部活を休む連絡を入れておくと言ってくれて、やっぱり真面目な那鳥君にサボリのような真似をさせてしまう事は少し申し訳なかった。 「一応悠栖と朋喜にも声かけるか? 黙っといたら煩そうなんだけど。主に悠栖が」 「朋喜はともかく、声かけてもどうせ部活に行くでしょ。根っからのサッカー馬鹿だし」 「それはそうだけど、だからって声かけないと拗ねるんじゃないか?」 「そうだね。悠栖は拗ねちゃいそうだよね」  悠栖の行動を想像して我儘だと肩を竦める那鳥君。僕はついつい笑ってしまう。なんだかんだ言いながら友達をとても大切にしてくれる那鳥君が可愛くて。  結局放課後に二人にも声を掛けようと話は纏まって教室へと急ぎ戻る僕達。  漸く教室についた頃には既に僕達以外の全員が教室に戻っていて、更には先生までいてどうやら僕達待ちをしていたようだ。  突き刺さるようなクラスメイトの視線に慌ててそれぞれの席に着くと、元気いっぱいな小林先生からもらうのはチクチクと突き刺さる注意。  小さくなって謝る僕とは対照的に、那鳥君は先生の嫌味っぽい言い方に逆ギレのような態度を見せ、慶史は全く悪びれずあっけらかんと言葉だけの謝罪を口にしていた。  二人のメンタルの強さをただただすごいと思いながらホームルームが終わるのを待つ僕は、先生の話をぼんやりと聞きながらも漸く虎君にできていないことに気が付いた。  焦って時間を確認すれば、虎君が『迎えに行くよ』って言ってくれていた時間まで後30分を切っていて大慌て。  絶対に虎君はもうこっちに向かっているだろうし、なんなら既に正門前で待ってくれているかもしれない。  それなのに今更帰りが遅くなると連絡するとか迷惑だし非常識だろう。でもどうしても今日聞かないとダメな話があるから、虎君に怒られることを覚悟して連絡を入れないと。  僕は先生に見つからないように携帯で虎君にメッセージを送る。すると、送ったメッセージにすぐに既読マークが付いて、申し訳なさがいっそう募った。

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