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初めての人 第29話

「流石久遠先輩だな」 「そうだね。あの滝さんを一瞬で丸め込んじゃうとか流石未来の久遠財閥当主って感じだよね」  物腰が柔らかいのに相手に否定させない押しの強さは人の上に立つ者としての威厳さえ感じたと褒めちぎる悠栖と朋喜。  もしかして二人はペナルティは慶史にだけ科されると思っているのだろうか? 「そんな心配しなくても先輩が何とかしてくれるから安心しろって」 「え? で、でも……」 「さっきのペナルティ云々は年上の面子を潰さないための方便であって本気で俺らにペナルティを科そうなんて考えてないから。今頃ペナルティが無くなるよう上手く話を持って行ってくれてるさ」  だから心配しなくても大丈夫だ。  そういって頭を撫でてくる那鳥君に、僕はまだ完全には安心できないものの「分かった」と頷くしかないようだ。  聞き分ける僕に那鳥君は「よし!」と笑う。その笑顔がどこか誇らしげに見えたのは僕の気のせいかな? 「那鳥、久遠先輩にめちゃ懐いてるでしょ?」 「! 慶史! お前は憶測で適当言うな!!」 「えぇ? 『懐いてる』のは憶測じゃなくて事実でしょ? それとも、そんな風に『先輩ってスゲーだろ!』って鼻高々になってるくせに懐いてないって言いたいの?」  にやにや笑っている慶史の意地悪な問いかけに、那鳥君は一瞬言葉を詰まらせる。勿論すぐに「誰が鼻高々だ!」って反論するんだけど、顔は真っ赤で全然否定できていなかった。 「そっか……。久遠先輩、僕達を助けたんじゃなくて那鳥君を助けたんだね」 「! 葵!? 何ってんだよ!?」 「だって先輩、凄く優しい顔してたよ?」  滝さんを説得しながらこちらに向けられた視線は、僕の大好きな人を思い出させた。そしてその眼差しで見つめていたのは僕達ではなく、たった一人に注がれていた。  それが誰なのか、あの時確認することはできなかったけど、今話を聞いて何となく先輩の視線の先にいたのは那鳥君なんじゃないかと思った。  僕の言葉に那鳥君は初めて見るぐらい真っ赤な顔をしてたじろいで見せる。  そんなわけないだろうが! とか、気のせいだ! とか、声を荒げているけどいつものような破棄はなくて、しどろもどろになっているその姿がなんだかとても可愛かった。 (そっか。久遠先輩は那鳥君がとても大切なんだな。……それに那鳥君も先輩に惹かれてるからこんな反応なんだろうな)  始業式の後慶史が言っていた言葉の意味が今理解できた。慶史が言っていた那鳥君の『アイデンティティ』とは、同性愛に否定的というところだろう。  でも、否定的なはずの自分が同性に惹かれている。否定的でありたいはずなのに、それなのに。  きっとそんな葛藤が今の那鳥君の中にあるんだろうな。  そして、この過剰なまでの否定は想いの裏返しなのだろう。  僕は「全然違う!」と否定する那鳥君に「分かったよ」って苦笑を返しながらも早く自分の気持ちを素直に受け止められたらいいのになと思った。 (好きな人に好きって言ってもらえる幸せを手放してまで守るべきものじゃないって僕は思うもん)  同性だからなんだって言うのか。  好きな人に好きと言うことが何故異質だと言われなくてはいけないのか。  お互いを大切に想う気持ちを『異質』だと思うことが『普通』だと言うのなら、僕は『普通』になんて一生なりたくない。  僕は虎君を好きになってこれ以上ないほどの幸せをたくさんもらっている。だから例え他の人が僕達を否定したとしても、僕は自分の気持ちを絶対に否定しない。 「那鳥、いい加減うるさい。必死になればなるほど嘘っぽくなってるってそろそろ気付けよ」 「わ、悪かったなっ!」  からかい飽きたのか、取り乱している那鳥君を一刀両断した慶史は到着した自室へと僕達を招いてくれる。  通された部屋にはベッドが二つ。やっぱり高等部でも二人部屋を一人で使っているようだ。 (本当、何があったんだろう……)  虎君を待たせてまで慶史の部屋に来た理由を聞くのは、本当は物凄く怖い。怖くて、心が痛くて堪らなくなる……。  僕はついさっきまでのように笑えているか不安になってみんなに気づかれないように視線を下げて気持ちを立て直した。 「さて。何から話そう? まずは汐の苦肉の策とも言える駆け引きの話からかな?」 「おい。チカを悪く言うな」 「汐のことを悪くなんて言ってないだろう? むしろ頑張ったあいつに功労賞をやりたいぐらいなんだから」  備え付けられている勉強机から椅子を引き出し腰を下ろす慶史は僕達に適当に寛ぐよう勧めてくれる。  僕と那鳥君、悠栖と朋喜でそれぞれベッドに腰を下ろせば、まずは面白い話からと言う慶史。自分の話は『面白くない』と言いたげだ。 「僕も汐君のことを悪く言うつもりはないけど、でもズルいとは思うよ」 「はぁ? なんで?」 「だって汐君、上野君を人柱にしたようなものでしょ? 二人ともずっと悠栖のこと好きだったライバル同士だっていうことは分かってるけど、それでも親友と同じ轍を踏まないようにあえて他の男子を好きだってアピールするのはどうかと思うよ」  真正面から悠栖に想いを伝えた上野君に比べるととてもじゃないけど誠実とは言えない。  そう言って肩を竦ませる朋喜に、僕は全く知らなかったその経緯に物凄く驚いて思わず顔を上げてしまった。

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